第29話

 事の最初は、ウィントン大公アレサンドの乳母マリアムが、保護を任されているカチュアを喜ばせたいと思ったことからだった。

 カチュアを喜ばすには、レオを喜ばせればいい。

 そう考えたマリアムが、レオの遊び道具を探してきた。

 それが魔獣の皮で作られた大きなボールだった。


 魔獣ボールには、本能からレオを興奮させる香りがあった。

 しかも噛みつこうとしても噛みつき切れない大きさがあり、抑え込んでガミガミと齧りつくこともできない。

 だから噛みつこうとしてもコロコロと動いてしまう。

 その動くことが、狩猟本能まで興奮させてくれるのだ。


 唄の練習時間は、アレサンドとカチュアとレオが合唱するという、三人には至福の時であり、指導員には苦情の一時間がある。

 その後で、昨日アレサンドが来れない時間に、マリアムが届けてくれた魔獣ボールによる遊びが始まった。

 レオの興奮は最初から最大値だった。

 そして今日も魔獣ボール遊びが始まったのだが、それを見ていたアレサンドも、いたく本能を刺激されて、追いかけたくてウズウズしていた。


「アレサンドも一緒に遊びましょ」


 カチュアの誘いは、必死で抑えていたアレサンドを解き放った。

 またも恥も外聞もなく、アレサンドを完全獣形態にさせた。

 レオが魔獣ボールで遊ぶための部屋だから、結構な広さがあり、調度品も片付けられていたのだが、アレサンドまで完全獣形態で参加するとは誰も思っていなかった。

 更にそれに大きな笑い声をあげてカチュアが参加するのだ。

 

 まだカチュアが服を着ているからマシだが、後宮外だと家臣に見られるわけにはいかない痴態なのだ。

 若草狩りの時の痴態は忠臣側近重臣の耳に入り、アレサンドはこっぴどく諌言された、それ以来ピクニックが中止になっていた。

 それでカチュアから哀しい顔をされ、それでも自分不在でカチュアを後宮外に出す事もできず、アレサンドは悶々とした日々を送っていたのだ。


「陛下、陛下、陛下。

 部屋の外でやってくださいませ。

 後宮の庭園ならば、女官以外誰も見ていません。

 レオが、うれし過ぎて尿を漏らしております。

 陛下までそのようなことになったら……」


 身の軽い完全獣形態のアレサンドは、調度品を破壊することも、後宮の壁にぶつかって大きな音を立てる事もないが、興奮し過ぎて尿を漏らしてしまう事はある。

 まあ、歴代のウィントン大公の中には、特殊な趣味の者もいたので、後宮はありとあらゆる欲望に対応する事ができる。

 だが、乳母を務めたマリアムは、糞尿まみれのアレサンドなど見たくなかった。

 それくらいなら、身分の低い虎獣人族なら普通にやっている、茂みや森の中での情交の方が受け入れやすかった。

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