第9話
「さあ、こちらに来なさい。
何も心配する事はない。
何があっても私がカチュアを守って見せる」
ウィントン大公アレサンドは、慈愛の籠った言葉で話しかけるも、カチュアは全く反応しなかった。
つがいの呪縛に囚われているとはいえ、アレサンドも全く判断力を失っているわけでも、自分の意のままにならなければ暴れるような状態でもない。
カチュアの報告書を読もうとしていた乳母のマリアムが、そっと手を引いてカチュアをアレサンドの元に導くと、特に抵抗することなく移動する。
マリアムは少し眉をひそめながら、それでも一切躊躇わず、カチュアをソファーで寛ぐアレサンドの元に誘導する。
マリアムからカチュアの手を譲られたアレサンドは、カチュアを優しく自分の横に誘導し、肩を抱いて安心させようとした。
いきなり貴族令嬢の肩を抱くなど、貴族のマナーに反するのだが、アレサンドは躊躇わなかったし、カチュアも抵抗しなかった。
つがいの側にいられることに有頂天になっているアレサンドとは違って、マリアムの顔はどんどん深刻な表情となっていった。
そして急いで報告書に眼を通しだした。
マリアムは報告書の内容と読み進めるほどに、怒りに表情を歪ませた。
あまりに酷い内容に、人間に対する増悪をつのらせた。
だが同時に、いや、それ以上に、カチュアに対する同情もわいていた。
人間に対する報復よりも、カチュアの幸せを優先すべきだと考えた。
だがそれは、あくまでも大切なアレサンドのためだった。
我が子同然に育てた大切なアレサンドのつがいとして、アレサンドと一緒に幸せにしてあげたいと考えていた。
その頃アレサンドは、人生最高の至福の時を迎えていた。
これほどの幸福感は、初めて竜を狩った時以上だった。
王太子としてではなく、純粋に戦士としての実力で、戦士団長に就任した時でさえ、これほどの幸福感は得られなかった。
アレサンドが今迄人生最高の幸せと考えた瞬間が、全て色褪せてしまうほどの、比べものにならない幸福感だった。
アレサンドが優しく誘導すると、カチュアは全て無抵抗に従う。
横に座らせたときも、膝に頭を誘導した時も、髪を優しく撫でた時も、全く無抵抗だった。
それが逆にアレサンドを不安にさせた。
恐怖も抵抗もあらわさず、言葉すら発せず、人形のように無抵抗なのだ。
「アレサンド様。
報告書を読ませていただきましたがカチュア様は心を病んでいるかもしれません」
「それは私も薄々感じていた。
私の大切なつがいをこのような目にあわせたモノは絶対にゆるさん。
国民一人残らず殺し尽くしてくれる」
「愚かな事を申されますな。
それでもアレサンド様はカチュア様のつがいですか。
カチュア様を本当に大切に思われるのなら、まずは治療に専念されなさい!」
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