第7話

 カチュアは何が起こっているのか全く理解できなかった。

 虐待され続け、知識も与えられなかったカチュアは、つがいどころか獣人の知識もすら全くなかった。

 それに、絶望してもいた。

 舌を切り取られ、身代わりで人質にされるはるか前、もっと幼い時に絶望してしまっていたのだ。


 だからカチュアは基本人形だった。

 痛みには反応するが、人間の喜怒哀楽を失っていた。

 喜怒哀楽を浮かべれば、それだけネーラとアメリアの虐待が長引く。

 痛みに反応するだけの方が、ネーラとアメリアの虐待時間が短い。

 痛みと哀しみに心の半ばを手放したカチュアが、本能で理解している事だった。


「カチュア、安心するがいい。

 私が必ず護ってやる。

 だから心配しなくていい」


 だからウィントン大公アレサンドが話しかけても無反応であった。


「く!

 ここまで心を壊されているのか!

 報告書を読んで知ってはいたが、これほどとは……

 許さん!

 絶対に許さん!

 直ぐにリングストン王国に攻め込む!」


「お待ちくださいませ、大公殿下!

 貴族士族の不安を払拭せねば、戦いなどできません」


「その必要などない!

 普通の戦いなどする心算はない!

 私のつがいをここまで痛めつけ苦しめたのだ。

 私の家臣どころか、民に加える気もない。

 嬲り殺しにするだけだ」


 ウィントン大公アレサンドは、事前に廷臣達と話し合っていた策を放棄していた。

 つがいを虐待されたことによる憎しみに凝り固まっていた。

 だがそれでは貴族士族の忠誠心を失うことになる。

 常にウィントン大公アレサンドと共に戦ってきた側近には、それは耐えられない事だった。

 同時に、ウィントン大公アレサンドの願いを叶えたいとも思っていた。


「殿下。

 殿下は本当にカチュア嬢の事を大切に思っておられるのですか?

 思っておらっれるのなら、復讐より先になさることがあるでしょう。

 心を失われ、そのような姿になられたカチュア嬢を慰める事こそ、最初にすべきことなのですありませんか?」


「うむむっむむむ」


 シャノン侯爵エリックが、ウィントン大公アレサンドを恐れることなく諌言した。

 シャノン侯爵エリックは、アレサンドの傅役だった漢だ。

 文武両道に優れ、先代大公が世継ぎのために選んだ、大公国一番の忠臣だ。

 アレサンドが武を鍛えるために実戦訓練を繰り返していた時も、後見役・将軍・護衛・軍師など、必要なすべての役割をこなしてきた股肱之臣だ。


「殿下。

 まずは我々にお任せください。

 今の殿下は、つがいの呪縛に囚われておられます。

 子供ができて、冷静な判断ができるようになるまでは、傅役で宰相の私が、事前に決めていた通りの事をさせていただきます。

 殿下はその間に、カチュア殿下の心を癒し、後継者を作る事に専念してください」

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