第5話

「ああ、本当の名前はカチュアと言ったな?

 カチュアに会って慰めてやりたい。

 大丈夫か?」


「今日はまだ旅の疲れが残っております。

 人族に我々と同じ身体能力はございません。

 できるだけ人族にあわせて旅程を組んだつもりでしたが、少々負担だったようで、少し熱を出しております。

 もしかしたら、舌を切り落とされた影響かもしれません」


「不憫な奴よ。

 できるだけ労わってやれ。

 先に言っていた人質の待遇を改める。

 それなりの客として遇してやれ。

 私に会うのは体力が回復してからでよい。

 必要なら侍医を使って構わん」


「ご配慮感謝いたします。

 カチュア嬢にも大公殿下のご厚情を伝えておきます」


 大使から話を聞く前の大公アレサンドは、カチュアを人質として貴族用の牢にいれておく予定だった。

 だが話を聞いて、カチュアに心から同情したアレサンドは、自国の公爵令嬢のように遇する決断をした。

 これは虎獣人族にすれば特別待遇だった。


 その場にいた廷臣達は少し驚いた。

 同時に武人アレサンドの漢気を思い出していた。

 大公家の第一公子として安全最優先に生きるのではなく、虎獣人族の戦士として、幼少の頃から常に武を磨き、誇りを優先してきたアレサンドを。

 だから廷臣達は不平不満を口にしなかった。


 廷臣達も心の底から怒りを感じていたのだ。

 自分達が心から敬愛する主君を欺き、偽者を正室に送り込んできたのだ。

 誇り高い虎獣人族の血が、怒りに沸騰していたのだ。

 なかにはカチュアをその場で殺せと言いだす廷臣までいたのだ。

 だが、その廷臣も今は怒りを抑えている。


 心から敬愛する主君が、カチュアを憎む相手ではなく、保護すべき相手と決めた以上、それに従うのが家臣だと考えたのだ。

 だがその考えは、二週間後、主君がカチュアと会った時に一変した。

 本当に天地がひっくり返るほど変化した。

 それは全ての廷臣、いや、ウィントン大公家に仕える全ての貴族士族に共通した現象だった。


「まさか?

 貴女がカチュア嬢なのか?!

 ボロボロのゴミのような娘ではなかったのか?

 サムベル、答えよ!」


「恐れながら大公殿下。

 カチュア嬢の事情はお話ししたはずでございます。

 あのような環境では、カチュア嬢がどのような服装と容姿で社交を行っていたか、想像できるというものです。

 服装は流行おくれの中古、しかも似合わないモノを与えられていたのでしょう。

 普段から食事を与えられていなければ、顔色も悪く生気もありません。

 化粧も一切してもらえなければ、ゴミと呼ばれるのも仕方ありません。

 ですが、我が国の侍女が手塩に掛ければ、絶世の美女となります」


 大公アレサンドは見とれていた。

 あっけにとられて見とれていた。

 それくらい報告書とは段違いの、絶世の美女が目の前にいた。

 虎獣人族と人族では美醜の基準が全く違う。

 だがそれでも、見惚れてしまうほどの美女に、カチュアは大変身していた。

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