第84話 不信
それまでお客さんがいた席に休むように促され、ソファーに腰を下ろした。テーブルをはさんで、向かいに川岸さんが座った。
名刺の裏には、『八つの志』が記されている。観光や農業、商業などの産業の活性化、高齢化社会への対応、教育問題への取り組みなど、八つの政策である。
川岸さんは名刺を手にすると、ひとつひとつの政策に対して批評していった。
印刷物としてすでに出来上がったものに関しての分析は、今さら必要ではない。早急に求められるのは票固めであり、分析が要るとしたら、票読みに関してだろう。
「産業支援って、倉知くんならボランティアでコンサルタント的なアドバイスもできるんじゃない? 広告の仕事してたんやから、無料でホームページ作ってあげたりしてさぁ。そういうのも、支援のひとつになるんじゃない?」
誰もが無償で公共のために尽くせるなら、議員も役所の職員も必要ない。ボランティア精神とボランティア活動とは、まったく別次元の話だろう。
一刻も早く次の運動に回りたくて、内心で焦っていた。応援していない様子がひしひしと伝わってくるのが、つらかった。
少し立ち寄って、挨拶だけ済ませるつもりであったが、三十分以上、名刺の批評を聞かされたあとで、「それで選挙運動の調子はどうなん?」と聞かれたときには、もはや何かの探りのようにしか感じられなかった。この感覚はうまく説明しづらいが、これが選挙運動で生まれた勘である。
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