第83話 違和感

 名刺ができた段階で、番頭会の仲間の家へ挨拶に回った。

 本選挙のように多くの候補者がいる場合、地域や職場など、さまざまなしがらみが出てくるが、今回はそんな問題もない。候補は二人だけである。みんな快く応援してくれた。

 だが、川岸さんだけは違っていた。文具店を訪ねると、奥のソファーでお客さんと話しているところだった。すでに星天堂で伝えてはあったが、正式に立候補の意志を告げ、名刺を手渡した。ちょうど帰るところだったのか、お客さんが立ち上がった。

「ほら、せっかくやで、頼んでおかんと」

 川岸さんに勧められ、自分の名を告げ、名刺を差し出した。

「倉知豊と申します。このたび補欠選挙に立候補させていただくことになりました。よろしくお願いします」

 このとき、妙な違和感があった。客にではなく、川岸さんに対してである。

 去年の忘年会の様子から考えて、本来応援しているのであれば、まず同じ番頭仲間であることや、あるいは友達であることをそのお客さんに伝え、応援を頼んでから、僕が挨拶をするというのが自然な流れである。商売上、選挙の応援を頼むのは都合が悪いというなら、そこで中途半端な形で紹介さえするべきではないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る