第81話 自己選択

 区長に立候補の意志を伝えてから、ここまで一ヶ月近くかかったのは、役員同士の話がうまくまとまらなかったのであろう。町内の挨拶回りに区長が付き添わなかったのも、同じ理由が予想される。四年前と同じく、馴染みのない者を推すことに抵抗があるのだ。

 町内から立候補するのは、あくまで地区のために働く地域代表でなければならない。一部でも、若い人を応援するという年配の人からの発言があったのは、きわめて開化的と言うべきだろう。

 雑貨商を営む河野さんは若い頃、都会で暮らしたことがあったそうだ。翌日、昨夜の会合に集まってもらったお礼を言いに店を訪ねると、「若い人を育てなあかんのや」と繰り返していた。

 その他の人の家にも、一軒一軒お礼の挨拶に回った。会議の場で何も言わなかった四十代の若手の役員は、「昨日言われたことは気にせんでいいでの」と優しい言葉で励ましてくれた。黙っていても、少数の人は味方だったようだ。

 しかし、全体の状況は三年前とまったく変わってはいない。区長が変わっても、同じだった。求めることは、ただ町内の整備だけである。

 その中で、僕ひとりが自分の理想を貫くこと自体に、無理がある。

 最終的に町の将来を決めるのは、住民だと思う。衰退も発展も自己選択の結果であろう。自分たちが決めたことに自らが責任を負うのなら、この人たちの望むままにすべてを任せてもいいのではないか。そう思うようになっていた。

 ただ、この先も今のままを続けていくだけの星野川には、僕の居場所はない。

 若い人が帰れず、人口が減っていっているのが、現状なのだ。

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