第37話 新しい自分

 星天堂の専務から説明を受けているあいだ、僕の後ろのテーブルで社長と一人の男性が話していた。これからの会社の運営について話し合っているようだった。僕が手続きを終えて椅子から立ち上がると、男性は話をやめ、こちらに顔を向けた。

「倉知さん、一回でやめたらあかんざ。次も出ねんや」

 選挙のポスターか市報か、何かで顔を見たことがある。星野川市長の浅田功治さんだ。

 親しげに話しかけてくる浅田さんと一緒に、設立準備室を出た。

「東京から帰ってきて数ヶ月で、あれだけの票を取ったのは奇跡的なんやで。その票を無駄にしたらあかん」

 浅田さんは僕を励まし、自分自身の立候補の経緯について話した。市議から市長になるまで、ずっと同級生五人が中心になって運動してくれたそうだ。そして、まず選挙のための仲間を作ることが大事だと語った。僕は雑貨店をしながら活動を続けていくことを告げた。

「また今度、店に遊びに行かしてもらうで」と右手を上げる市長に、僕は軽く頭を下げ、市民会館の前で別れた。ここから、市営グラウンドの向こうに建つ星野川市役所の市長室に戻るのだろう。

 ふと昨日までの自分とは違う、何か特別な存在になったような、そんな気がした。

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