第11話 真っ白な皇子様と
サイ・ナルスホルはあまり目立たない男だった。
というのも、『ハリネズ』攻略キャラであるので、イケメンなことに間違いはないのだけれど、なんというか、存在感が薄いというか。そのくせ瞳は殺気立っている、と初めは感じたが、見たところ、ただ嫌われているだけのような。屋敷の中でも、外でも今まで散々見てきた瞳だ。気づけば嫌悪だとか、敵意だとか、そんなものには人一倍敏感になっていた。
(私はこの人には何もしたことがないと思うのだけど……)
サイは公式の設定では、皇子の付き人だったはずだ。つまりは自身の主人に迷惑をかける存在が許せないだとかと、その辺が理由なのかもしれない。ラビィの今までの悪行から仕方のないこととは言え、初対面の人間にまで嫌われているのはさすがにたまらない。というか、あまり意識はしていなかったのだけれど攻略者たちは、もしかするとこぞってラビィを嫌っているのではないだろうか。ありえない話じゃない、と気づいて勝手に口元がひきつった。これからはなるべく彼らを避けて行こう。はは。
「……何か?」
サイがピクリと片眉を上げながら、ラビィを見下ろした。彼からすれば、皇子を待たせた挙げ句に屋敷内をふらふらしてどこぞに消えたかと思ったら、いきなりへらつく危ない女であった。ちなみに、ラビィとサイは初対面である。先程ラビィが呟いた彼の名前は耳に入ってはいないようでホッとした。これ以上怪しまれたくはない。
サイは特にラビィと会話をする気もないらしく、捜索の任務は終了したとばかりにさっさと長い体をゆらりと動かしながら、そっとラビィの背後に立った。
「温室にて、皇子がお待ちです。お供いたします」
彼の腰に差されていた長剣を思い出した。死ぬほど怖い。せめて目の前にいてくれ。「どうも」 そんな考えはおくびにも出さず、ラビィは振り返り、口元に笑みをのせた。つもりだったのだが、表情筋が死んでいた。嘲笑やら一人でする馬鹿笑いやらはいくらでもしてきたが、人様に向ける優雅な笑みとは記憶が遠い。
ラビィのその笑みを見て、サイはゲーム本編では見たこともないような、簡単に言うとひどくデッサンが狂ったような顔をした。普段は冷静で、無口な男の貴重なものが見ることができたと考える反面、今後はこの国から逃げ出したあと、円滑な人間関係が築けるように訓練事項が増えた気がする。若干辛い。
***
いつもの通りに温室に向かうと、柔らかい金の髪の主が優雅に紅茶を嗜んでいた。
「やあ、ラビィ、久しぶりだね」
「バルド様もお変わりなく」
逃げることは諦めた。それならば、さっさと無難に終わらせ会話を断ち切ろうと考えたのだ。少年の名前はバルド・スワーグ・ホワイティ。人よりも長い名を持つ彼は、この国の皇子様であり、『ハリネズ』のメインヒーローだ。ラビィの記憶の中では、いつも彼の姿はきらめいていて、どんなに辛いことがあったときも、彼のことを思い出すだけで胸の奥が暖かくなった。どれだけラビィが暴言を吐こうが、問題を起こそうが、彼はいつも平等に、ラビィ本人を見てくれた。少なくとも、表面上は。
ラビィは彼に恋をしていた。いつしかネルラがかけた呪いがとけて、彼と一緒になる日を夢見ていた。けれども、前世の記憶を取り戻し、全てのフィルターがとけた今となっては、ここにいるのはただの小僧と同義である。にこにこした笑みはただの作り笑いで、言葉からは気持ちすら伴ってはいない。元営業職をなめないでくれ。客が温かい言葉を投げかけながら白けた顔で逃げていく様を幾度も胸に刻み、泣いてきた。
ところで名字がホワイティとはこれいかに。ちなみにこの国の名は、ホワイティ国である。いくら白鳥がイメージキャラだったとしても、他にいい名前があったんじゃないかと開発陣にラビィは聞きたい。国の名前を言うときに、ふとした拍子に笑ってしまったらどうしてくれる。ブラッティ国とかはありますかね。
とはいいつつ、このバルドという男も悪い男ではないのだ。
バルドからしてみれば、ラビィは愛しい少女をいじめる悪女であり、そんな女が許嫁だ。ラビィとバルドは年も変わらない。前世で言うのであれば、たかだか高校生程度の年齢の少年が自身の想いに蓋をして、国としての責務を負っている。ただし定期的にネルラを連れ出し、お忍びでデートをしているのはどうかと思うが。
皇子としてはこっそり隠れているつもりだろうが、毎度のごとくネルラがラビィに報告をして、あれを買ってもらっただの、こんなことをしてもらっただのネチネチと細かく教えてくれたので、どうか不貞相手は選んで、ラビィとは関係なく幸せになってくださいと心の中でハンカチを投げつけた。お前など、こちらから願い下げだ。
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