第10話 三番目の攻略者

 ラビィの計画では、こうして罪悪感を抑え込み言葉を叩きつけることで、さらにマリとラビィの距離が開いて、やりやすくなると思っていたのに、キレた表情のメイドは逃げたはずが、力の限り扉を叩き開け、凄まじいスピードでちゃっちゃかとこぼれた紅茶の掃除を始めた。そして終わるや否や、負けるものかと言いたげに、ハッと鼻で笑いながらも消えていった。


 正直、呆然とした。






 それからも特に変化はなく、時折紅茶に薬を忍ばせてきたので、ラビィも遠慮をすることなくぶちまけた。すでに予告は行ったはずだ。ネルラとは別の意味で理解に苦しむが、マリなりに葛藤やら、意地があったのかもしれない、とラビィは勝手に解釈することにした。



 互いに睨み合い警戒していたが、マリはネルラよりもずっとまともな人間だった。ただただ真面目な少女なのだろう。ただ隙を見せれば、ラビィの髪をとかそうだとか、肌を綺麗にしようだとか、本人の嫌がる顔つきとは反対に真面目にメイド業をしようとするので正直気の毒になってくる。


 ラビィだって綺麗になりたいという願望は人並み程度には持っている。けれども、今は場合が場合だ。とこれまた悲しい気持ちで抵抗した。



 そんな中、相変わらずの平坦な声と共にマリより聞かされた言葉に、ラビィは目をひんむいた。



「明日、バルド様がいらっしゃるご予定だそうです」



 しばらく瞬きと声を忘れた。それから息を吐き出した。驚いた。最近、婚約者の存在を思いっきり忘れていた自分に驚いたのだ。






 前世の記憶を思い出す前の自分であったならば、バルドが訪ねてくるという言葉一つでときめき、そわそわと頬に手を当て、一人部屋の中で踊り狂い、乙女の姿を見せたのだろうが、彼のことは好きだったという過去形だ。今のラビィとなってはどうでもいい相手と言うか、ラビィの母の兄、つまりは国王の長男であるということは、この国を継ぐべき皇子なのだ。彼と結婚するということは王妃ということになり、ラビィにとって、あまりに荷が重すぎた。というか、このまま行くとゲーム本編ではがっつりしっかり首切りルートに入ってしまうので、そこは死ぬ気で避けたい。



 というわけで、バルドは婚約者であるラビィと、形式的な対談を設けたのであろうが、即座にラビィはブッチを決め込むことにした。あちらとて、大して好きでもない女と会うよりも、さっさと終わらせたほうがいいだろうという思いやりでもある。翌日部屋から逃亡し、いつもの逃亡訓練、もといウォーキングをここ数週間に培った技術である隠密スキルを発動させながら開始した。そうしたところで、あっという間に捕まった。



 首根っこをひっつかまれ、ぷらぷらと体を揺らしている――――と、いうのはただの心象風景であり、実際としてはでかい無口な男がラビィの目の前にずんと立ち、こちらを見下ろしている。いや、見下している、と言った方がいいかもしれない。ラビィも目つきの悪さには自信があったが、こちらも負けてはいないどころか、殺気まで漂っている。灰色の短い髪と同じ色の瞳。幾度もゲーム画面で見た顔だ。



「さ、サイ……」



 ――――サイ・ナルスホル。バルドの付き人であり、皇子、ラビィの弟であるフェルに継ぐ、三番目の攻略者だ。

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