第19話 修道院説再び
アンドルーはすっかり決意を固めた。
パーシヴァル男爵家で十分以上である。破格の良縁だ。
「帰って父に話してみるよ。妹にとって、とても良い縁談だと思う」
「僕は政界や海軍で大活躍したりしないが、その代わり、十分裕福で温かな巣を作れるよ。パーシヴァル家はフィオナ嬢を歓迎するだろう。クリスチンもね」
そうか、義姉になるんだねと言ってアンドルーは嬉しそうだった。
あんなものと義姉になってうれしいとは、知らないとは恐ろしいもんだ。だが、ジャックはこう付け加えるだけにしておいた。
「今度、姉を紹介しよう」
アンドルーは思わず相好を崩し、二人は固い握手を交わして別れた。
「父はどこだろう?」
アンドルーは自分の屋敷に帰ると、さっそく執事に尋ねた。
「いつも通り書斎においでです」
速足で廊下を通り、アンドルーは死んだような父の書斎に入った。
しかし、今日は、雰囲気が違った。
「おお、アンドルー!」
珍しく父の声に力がこもっていた。
「良いところへ!」
一体何があるんだろう。アンドルーもよい話を持って帰って来たのだ。
「アンドルー、聞け!なんと、フィオナに縁談だ! 素晴らしいお話だ!」
「え……?」
「あのグレンフェル侯爵からだぞ。今、手紙が届いたのだ」
父が読み上げた。
「フィオナ嬢とお目にかかり、つきましては近々貴邸を訪問させていただきたく……」
どうだ!……と、父は目をむいた。
「素晴らしい。侯爵家と縁が結ばれるとは! 大領地を持っている。鹿狩りも出来るのだ」
鹿が出るような田舎の大領地は、昨今、はやらない。意外に管理費がかかる。それより、都市近郊に土地があった方が貸すにしても現金になるので有難い。小麦だの干し草だの現物をもらってもどうしようもない。
「実は、私は、クラブで、パーシヴァル男爵のご子息とお目にかかり……」
父は浮かれて、全く聞いていなかった。
「フィオナのために舞踏会を開かねばならん。主賓はグレンフェル侯爵だ」
伯爵は難しい方と言うのは、言いえて妙だった。
修正が利かない。
そして、アンドルーの話を聞かない。
フィオナは自室でウロウロしていた。
ジャックとの縁談が、良縁なのは、間違いなかった。
さすがにモンゴメリ卿は目が確かだった。フィオナと話してみて、ジャックを推薦してよこしたのだ。
そして、グレンフェル侯爵と会っていなければ、彼女は確実にジャックと結婚する道を選んでいたろう。
ジャックは安心だった。
話をしていても、ほんわりあたたかく、優しい人だとわかった。
正直、ジャックが誰にでも優しいわけではないこともわかっていた。
フィオナに優しいのだ。それはまた、彼女に対する評価から来るのだということもわかっていた。
だが、グレンフェル侯爵は、全く違っていた。
全く自分で自分が信用ならない。グレンフェル侯爵の話になると、もう頭が大混乱になるのだ。
フィオナは枕を抱きしめた。
点々とグレンフェル侯爵は信用ならなかった。
そもそもフィオナが気に入ったと言う理由がわからない。
幼いころの思い出話などを始めて、婚約を結びなおしたいと言った。
彼の申し込みは唐突感が否めなかった。
ジャックはモンゴメリ卿の紹介という他人の保証があり、会って話してお互いに好感を持った。
だのに、誰の紹介でもなく、突然出会った侯爵に、完全なひとめぼれで恋に落ちた。
今になって分かったのは、フィオナが柄の大きな男らしい男性が怖かったのではなくて、大好きだったと言う事実だった。
侯爵に会いたい。また、顔を見たい。話をしたい。
「ダメだわね、あれは」
「冷静な判断力を失っています」
「この一番大事な時に、何やってんのかしら」
マルゴットとアレクサンドラは、堂々とドアの隙間から、のぞき見をしていた。
「しかし、フィオナでなくても判断に迷うわね」
「フィオナ様は全く迷っていないようですが。グレンフェル侯爵様一択で」
くるりとフィオナがドアの方を振り返った。
覗き見を見つかったと思ったアレキサンドラは、ビクッとしたがフィオナはマルゴットを呼んだ。
「マルゴット、もう仮面舞踏会の開催はないのかしら?」
「出たいんですか?」
「ええ」
あんなに社交界や舞踏会がお嫌いだった方が?
「そしてグレンフェル侯爵に会うわ」
「家に呼ばないんですか?」
「アンドルーもアレクサンドラも、両親も来るでしょう? 話なんかできやしないわ」
「仮面舞踏会なら二人きりで話が出来るとでも?」
「あのね、あれ、結構誰が誰だかばれてるのよ? 秘密の会話には向かないわ」
アレクサンドラが注意した。
「後で噂になるわよ。特にあなたは今は有名だと思うわ」
「でも、誰も結婚申し込みまでしているとは思っていない。この家族さえしゃべらなければ」
階下では、伯爵とアンドルーが大声で口論しているのが聞こえた。グレンフェル派とパーシヴァル派が、相手を打ち負かそうと声を限りにヒートアップしている。
「まずはあれを黙らせなくっちゃ」
アレクサンドラが言った。
「いい恥さらしよ。どちらをお断りするにしても、お申込みなどなかったようなふりをするのが大切よ。相手に恥をかかせるわけにはいかないわ」
「止めてきてください、アレクサンドラ様」
マルゴットが簡潔に言った。
アレクサンドラが急いで出て行くと、マルゴットが聞いた。
「それで? どうしたいのですか? フィオナ様」
「もう一度、グレンフェル侯爵様にお会いして……聞きたい」
「何をですか? セシル様の死因についてですか?」
マルゴットはいつも同様グサッと核心を突いた。
そんなこと聞かなくてもいいだろうと思っているに違いなかった。殺人犯に、罪を聞いてどうするのだ。殺人犯でなかったら、嫌疑をかけられて不愉快だろう。
「私はセシルの婚約者でした。聞く権利があると思います」
「侯爵に嫌われますよ?」
「そんなことも返事できないような方なら、結婚しません。修道院に入ります」
「フィオナ様」
マルゴットは言った。
「そんな場所へ行ってはなりません」
「結婚だけが生きる道ではないわ」
「でも、どんなに困っていても、夫がいようといまいと、この世の中で戦い続けて生きていくことには、値打ちがあります」
特にあなたのような人は……マルゴットはそう言いたかった。
修道院で暮らした方がいい人もいる。どうしようもなく追い詰められた人、何事も自分で成し遂げられない人。あるいは心の中に秘めた炎を持つ人。
でも、フィオナは違う。
舞踏会に出たくない、社交界に出たくないと言いながら、彼女はどうにかこうにかやってきていた。
周りの雰囲気を読む力、もの静かで穏やかだが的確な判断力があった。家の中にいただけでは誰に知られることもなかっただろう。外に出たからこそ、発揮され、ジャックやセシルがやって来たのだ。
しかし、その判断力が彼女を突き動かしているのだろう。たとえ恋に溺れていたとしても。
なにかを知りたいのだろう。そして、それをしないことには結婚を決められないのだろう。
マルゴットはフィオナを信じることにした。
「わかりました。調べておきます」
「お願いします」
フィオナに頭を下げられて、マルゴットはびっくりした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます