第32話  大丈夫

今日は土曜日。幼馴染二人に強引に誘われて、僕は毎年恒例となっている夏祭りへと出かけようとしているところだった。






唯一の違いといえば、今回は夏葉さんも誘って四人でお祭りに出かけるということだろうか。




綾乃からの事後報告により、既に夏葉さんもくることは決定していた。こうなると僕も参加せざるをえない。






本当なら彼女を理由に、今年はスルーさせてもらおうと考えていたところだったのだが、僕がこないとなるとさすがに気まずいだろう。どうやって夏葉さんを誘ったのやら。






まぁそんなわけで、これから駅まで夏葉さんを迎えにいくことになったのだが…






「どう、湊!似合ってる?」






「うん、似合ってるよ」






「みーくん、私はどうかな?」






「そうだね、すごく綺麗だと思うな」






僕は今、二人の浴衣美少女に挟まれていた。言うまでもなく、渚と綾乃だ。




渚はアサガオ柄の黒い浴衣に黄色の帯が、彼女の髪色と相まってよく似合っていた。




今日は長い髪をひと房に結い、いつもと違う雰囲気を纏っていた。




常に元気な彼女が、今日はどこかおしとやかな空気を醸している。






綾乃は対照的に白浴衣に蝶柄赤帯。最近伸びてきたセミロングの黒髪を結い上げている。




うなじまではっきりと見える立ち姿は、同年代とは思えない独特の色気を放っているように思えた。直視してると、正直目に毒だ。










そんな僕も今日は浴衣姿である。紺の浴衣に下駄という、男の定番スタイル。




昨日綾乃から着て欲しいと渡されたのだ。着替えないとどうなるかは学習しているので、しっかり着てきたのだが、見事にサイズがピッタリである。




…深く考えるのはやめよう。






「ありがと。湊も似合ってるよ」






「あはは、ありがとう。毎年着てるけど、和服も悪くないよね」






「普段は着てる人なかなか見ないよね。今日はやっぱりお祭りがあるから、結構見かけるけど」






綾乃につられて僕も辺りを見渡すが、確かに浴衣姿の人は多い。




駅に近づくにつれ、人は増えていくのだが、特に女性はその傾向が強かった。




やはり祭りには浴衣で参加したいというのが、日本人の心理なのかもしれない。




僕の隣にいる一人はハーフだけど。










ただ、すれ違う人達が僕らに向ける視線の数は明らかに多かった。




やはり幼馴染に向けられているものなのだろう。




暗くなりつつある大通りの中であっても、すれ違う人達とは明らかに違うなにかを放っていた。






彼女連れの彼氏まで綾乃達に見とれて足を止めており、彼女から怒られている姿が見える。




こういうのを見てしまうと正直いたたまれなくなるのだが、二人はまるで気にしていないようだ。強いなぁ…










もう少しで駅前に着くというところで、赤信号に捕まった。




横断歩道の前で青信号を待っている間に、綾乃が巾着袋からスマホを取り出し、操作している。






「佐々木さん、もう着いてるって」






「じゃあすぐ神社までいけるね。湊、ナンパ避けは任せたよー」






「はいはい、頑張りますよお嬢様…」






遠目に見ても、駅前でたむろっている人は明らかに多かった。




いつもと違う雰囲気に釣られて集まってくるのは、人のサガというやつだろうか。




祭りにトラブルは付き物とはいえ、自分たちが巻き込まれるのは御免こうむる。






そういうわけで今日は広場ではなく、駅構内で待ち合わせをしていた。




駅員さんがいるため、なにかあっても対処しやすいだろうという判断だ。








信号が変わったのと同時に僕らは歩きだした。




ささっと夏葉さんと合流し、すぐに移動したかったのだが…






「あれ、月野さんじゃん。それに霧島さんも!」






「二人も祭りにいくの?俺もなんだよね。浴衣めっちゃ似合ってるじゃん!すげー綺麗だよ」






「み、水瀬…制服もいいけど、そういう和服もまた違ってていいな…」






僕らは途中で見事に学校の同級生グループに捕まっていた。




近道をしようと、広場を突っ切ろうとしたのが間違っていたのかもしれない。




やはり彼女達の容姿はよく目立つのだ。






広場にいたのは男女入り混じったグループだったが、知らない顔も何人かいる。




彼らも駅前を待ち合わせ場所にしていたようだった。最後の言葉は聞かなかったことにする。






それから綾乃達を中心に輪になり、いつものように話し始めた。




僕は当然はじかれるが、気にはしない。なんだったら、僕を密かに見つめてくる視線から、目をそらしたいくらいだ。






「うん、これから私達も行くんだ。毎年三人で行ってるんだよね」






「なら私達とも一緒に行こうよ!最初断られた時は残念だったけど、目的の場所が一緒だったらいいでしょ?」






「そうそう、なんだったら奢るしさ。みんなで行った方絶対楽しいって!」






そういって彼らは二人を誘いだした。正直僕としては歓迎すべき事態だ。




これで二人から離れられるなら、願ったり叶ったりである。




だから僕のことは気にしないでいいと言おうとしたのだが、






「えっと、ごめんね。今日は他の人と待ち合わせしてて、一緒に行けないんだ。」






「うん、また別の機会に誘ってくれると嬉しいな」






先手を打たれた。




丁重に、だがバッサリと同級生からの誘いをお断りしたのだ。




これでは口を挟むことができない。二人はすかさず囲いの輪から抜け出して、僕の手を握った。






「じゃ、そういうことだから」






「あ、ちょっ!」






「綾乃、ちょっと待ってよ」






そのまま駅に向かって駆け出そうとしていた僕らを制止する声が、静かに響く。




それは普段渚達と行動するリア充グループのひとり。




二人の友人、東郷とうごうつかささんの声だった。






さすがに彼女を無視することはできないのか、綾乃が振り向く。






「なに、つかさちゃん?」






「その待ち合わせの相手って、ひょっとしてA組の佐々木さん?水瀬くんの彼女のさ」






そういってつかささんは僕をチラリと見た。少しきつめに見えるつり目の瞳が僕を射抜く。






「うん、そうだけど」






「ならさ、邪魔しないほうがいいよ。きっと水瀬くんも彼女と二人で行ったほうがいいでしょ。いくら幼馴染でも、あんま干渉しすぎないほうがいいよ」






綾乃を諌めようとするつかささんが、僕には救いの女神のように思えた。




なんという正論。委員長をしているだけあって、彼女はかなり理性的な性格をしている。




このまま綾乃を論破し、そのまま二人を連れて行ってくれることを期待したのだが…








「大丈夫だよ。その問題は、ちゃんと解決する予定だから」








「は?あんたなにいって…」






「いこ、湊」






渚は再び僕の手を握り、歩きだした。背後で綾乃がつかささんに向けて頭を下げている姿が見える。




だけど、僕にはさっき綾乃がつかささんに向けて放った言葉が、気になって仕方なかった。






「待ってよ、渚。さっき綾乃が言ったのはどういう…」






「湊」






手を振りほどいて問いかけようとしていたところで、渚が僕の名前を呟いた。




静かだけど、有無を言わせない力強さが込められている。




思わず息を呑む僕に、渚がまた声をかけた。






「湊はなにも気にしなくていいんだよ。あたしが、全部上手くやってあげるから」






こちらを見ることなく、渚は前に進んでゆく。手を握られたままの僕も、彼女と一緒に進むしかない。






その後、夏葉さんと合流するまで、渚が僕に話しかけてくることはなかった。


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