破滅に至る道
グレイスの父は焦っていたのかもしれない。
次期後継者に推していた第三皇子の急逝により、後継者を巡る争いにおける存在感が急速に薄れていく中、ついに第三十八代皇帝が後継者を指名することなく没したのだ。このまま手をこまねいていれば、誰が後継者になろうとも青薔薇の権勢は凋落する。巻き返さなくては。ありとあらゆる手練手管を用いて巻き返しを図らねばと、ブルーローズの王はそう思ったのかも知れない。
帝の葬儀が終わるとまもなく、継承順位最高位の第二皇女と葬儀の喪主を務めた第四皇子とが帝位を巡って争い始めた。いずれも強力な後ろ盾を持つ二人は、自分こそが新たな皇帝であると主張して譲らず、帝都の緊張は俄に高まった。
時の宰相はこの状況を打開すべく両者に選帝候会議の開催を持ちかけた。交渉は難航したが、最終的には第二皇女、第四皇子ともこの提案を受諾し、流血は回避されるかに見えた。
選帝侯会議の日、選者の一人であるブルーローズ王は、会議の会場である宰相の邸宅に遅れて到着した――麾下五千の軍勢を引き連れて。
『第二皇女と第四皇子とが結託し先帝並びに第三皇子を毒殺した証拠を発見した。彼らが座るべきは玉座にあらず。帝国法廷の被告席である』
並み居る選定諸侯にそう宣言すると、ブルーローズ王は二人の帝位継承権者を捕縛し、抗議しようとした宰相を斬り殺した。それから『帝国を
反論する者はいなかった。この状況で反論できる者などいるはずもなかった。
こうしてマリアはゴールデンフリースの第三十九代皇帝となった。
衆民は案外すんなりと新たな皇帝を受け入れた。第二皇女と第四皇子とは結託して先帝や第三皇子を毒殺したという話は眉唾であったにせよ、ブルーローズ王と結託しての決起については世俗の野心ではないやむを得ぬ事情があったのだろうと信じたのだ。それだけ、ゴールデンフリースの繚花と称えられた可憐な皇女としてマリアは衆民に慕われていたのだろう。あるいは先帝の崩御以来続く政情不安を集結させるためならば、多少強引なやり方でも仕方ないと思ったのかも知れないが。
収まらないの王侯貴族だった。選帝侯会議の決定はブルーローズの武力によって不当に歪められたものだとして、無効だと主張し始めたのだ。
そんな中、選帝侯の一人でもあった王の一人が突如母国に帰還し、軍勢を集め始めた。表向きの理由は活発化した山賊への備えということだったが、選帝侯会議の再開を求めての示威行動であることは誰の目にも明らかだった。
こうした動きに対し、マリアは迅速かつ苛烈な対応を取った。軍勢が集まりきる前にブルーローズの騎兵団を派遣し、徹底的に打ち破ったのだ。王の首は切り落とされ、その所領は没収となった。
その半年後、第二皇女が帝国法廷の審理をまたずに獄死した。第四皇子王と結託して先帝を毒殺したことを認める手記を遺しての死だった。彼女の後ろ盾となっていた王も連座して処断され、国は取り潰しとなった。
その三ヶ月後、第四皇子が先帝暗殺の罪で絞首刑となった。彼の後ろ盾となっていた王は、取り潰しを拒否し、隣国の王と共謀して反乱を起こしたが、ゴールデンフリースとブルーローズの連合軍によって完膚なきままに叩き潰された。
その一ヶ月後、新皇帝の苛烈な――苛烈すぎるやり方に直言した別の王が幽閉され、ほどなく衰弱死した。王に後継者はなく、その所領はゴールデンフリースの治めるところとなった。
気づけば六王国で残っているのはブルーローズだけになっていた。
「謁見の間も広くなりましたね」
新年の挨拶でマリアはそう言って笑った。
グレイスの父は主君の目に宿る光の冷たさに気づき、震えた。
「
謁見の後、グレイスの父は腹心の部下にそう漏らしたという。
半月後、ブルーローズ王はマリアに反旗を翻した。ほとんど自滅に近い謀反が成功するはずもなく、ブルーローズが誇る重騎兵は、マリアが新たに編成した重装歩兵と風術弩兵の混成軍団――帝国方陣を前に完敗。王は戦死し、ブルーローズは帝国に併呑されることとなった。
そうして六王国はすべて滅び、ゴールデンフリースだけが大陸で唯一の統治者となった。三年前のことだ。
その間、グレイスが何をしていたかと言えば、ずっと連盟に留まって状況を傍観していたことになる。
当初は決起によって平地に乱を起こそうとした父王への反感のため。その後は政情が不安定化し、帰国したくともできない状況に追い込まれたためだが、それにしてもこの時期のグレイスが常になく消極的だったことは間違いない。
――何故、マリアはあのような暴挙を。
はじめは父王に無理矢理加担させられたのだと思った。だが、グレイスはすぐに担がれてるのはむしろ父王の方だということに気がついた。
火術花火の轟音に驚いてめそめそと泣いているだけの繚花はもういない。寄宿学校での日々は確かにマリアを強くした。だが、グレイスの知るマリアはいたずらに強さを求めるような人間ではなかったし、強さに溺れるような人間でもなかった。
そのマリアが何故――。
父が戦死したとの報告を受けたときも、グレイスの胸中に湧き出た強い感情は、父に向けられたものではなかった。
ブルーローズの滅亡からしばらくして、グレイスは一葉の便せんを受け取った。よく知る名前、よく知る筆跡の差出人。蜜蝋を剥がすのももどかしく思いながら封を開けると、入っていたのはとても短い手紙だった。
「ともに悪竜を討つならば、再び相まみえん。それを望まぬなら、その地で平和に過ごすべし」
翌日、グレイスの元に数人の男たちが訪ねてきた。何人かの顔には見覚えがあった。父の家臣であった者たちだ。
「グレイス様がこの地で用兵について大いに学び、聞けば士官学校始まって以来の俊英とまで賞されているとか。ブルーローズ再興のため、姫の下知を賜りたいのです」
そう言ったのは、父の腹心の一人だった。つまりは、父と同じに自分のことを軽んじていた人間である。今さら虫の良いことを言うと、グレイスは心の中で呟いて、男にマリアから届いた手紙を渡した。
「降伏勧告ではありませんか!」
男が目を剥いて吠えた。
「御父上を殺されて、狂乱の女帝に頭を垂れるなど……できるわけがありません! そうですな! グレイス様!」
男が勝手に自分の気持ちを代弁し始めたので、グレイスは思わず微笑んでしまう。相変わらず自分は
「なるほど。確かにこれは降伏勧告とも読めますね」
手紙を取り戻して、グレイスはもう一度微笑む。
「何を悠長なことを……」
「しかし、女帝は相まみえる場所や方法までは定めていません」
音もなく剣を抜き放ち、手紙を真二つに切る。
「であれば戦場で相まみえるというのが、わたしの答えです」
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