街の記憶

渋谷センター街に行くと、

歩道には大勢の人間達の姿が。


一瞬驚いた勇者だったが、

すぐにそれがホログラムで

映し出されたものだと分かる。


まるで賑やかで華やかだった頃の

この街の記憶を、街が思い出して

懐かしんでいるかのようだ。


大通りに戻ると、

先程までは一台もなかった筈なのに

車道を埋め尽くす程多数の車が

猛スピードで飛ばしている。


車両はすべて日本製。


そしてその運転席に人はおらず、

無人で自動車だけが走り

通りを行き来している。


その横の歩道まで歩いて行くと

まるで車は勇者を見つけたかのように

こちらに向かって突っ込んで来た。


これをかわす勇者だったが、

車は一台だけではなく

後続も次々と勇者に迫って来る。


地面に手を着き

転びそうになりながらも

走って細い路地へと

何とか逃げた勇者。


車はビルに激突、

他車両も歩道に乗り上げ

横転などしている。


『一体どうなってんだ、こりゃ』


何者かが車を操って

勇者を殺そうとしている

ということだろうか。


勇者からすれば

全く身に覚えのないことだが、

近寄って欲しくない、来るなという

意思の表れなのかもしれない。


その逆という可能性も

実はあったのだが。


-


息を切らせながら

裏路地に身を隠した勇者。


ここであれば車両は

入って来られない筈。


しかし今度は、遠くから

真っ白な人のように見える何かが

勇者を目指して向かって来る。


はじめは一体だけであったのが、

途中でわらわらと合流して

あっという間に数十体、

百体以上となって大群で。


「ぺ、ペッパーくん!?」


全身が真っ白で人型に近く、

大きなクリクリした目が付いており

愛嬌のある顔をしたロボット、

勇者が知る限りでは

ペッパーくんやASIMOなどに

酷似している。


勇者は再び走って逃げる。


一体だけならそれはそれで

可愛いのかもしれないが、

そんな笑顔のロボットが

百体以上向かって来たら

それは逃げるというものだ。


「人ダ、人ダ」

「オハヨウ……」

「コンニチハ……」

「コンバンハ……」


クリクリ目のロボット軍団は

そう言いながら

勇者の後を追い掛ける。


『まさか、ペッパーくんに

追い回されるとは思ってなかった』


-


勇者が物陰に身を隠すと

クリクリ目のロボット達は諦めて

散り散りに去って行く。


そこから街全体を眺めてみると

他にも工業用、作業用ロボットが

壊れたネオンを修理している様子が

窺える。


どうやら現在煌々と光る

ネオンや大型ビジョンは

こうしたロボットが修理して

復旧させたようだ。



その時、街を流れる音楽が止み、

問題の歌声が聞こえて来る。


勇者は想像でローレライのような

生声美声をイメージしていたが、

その声は少し音声加工が

施されているようであり、これでは

人間が歌っているのかどうかも分からない。


人間世界の何処かで

聞いたことがあるような声、

そう思っていた勇者は

しばらくしてやっと

それがなんだったか思い出す。


「ボーカロイド……か?」






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