転移魂魄

「お爺さん、しっかりして……」


「ワシはもうダメじゃ……」


ベッドで寝ているお爺さんの手を

握って離さないお婆さん。


「こんな世界だったが……

婆さんと孫達と一緒に暮らせて……

ワシは幸せだった……」


息も絶え絶えに

やっとその言葉を残す老人。


高齢ですっかり体が弱って

衰弱してしまっている老人、

当然この劣悪で貧困な人間の生活に

医者など居る筈がなく、

魔道士見習いの子供達による

ヒーリングも既に効かなくなっており、

後は死を待つばかり。


おそらくはあと数日の命か。



「お爺ちゃん!

神父様が来てくださったよっ!」


孫達が連れて来たのは、

勇者によく似た神父と呼ばれる男。


その男の後ろからはクローン勇者達が、

棺のような箱を担いで運んで来た。


さすがに死にかけているとは言え、

まだ生きているのに

本人の前で棺の用意をするのは

気が早過ぎるのではないか、

いや失礼と言うものであろう。



神父と呼ばれる男は、

今にも息を引き取りそうな

老人の耳元で一言二言、

言葉をかわすと

改まって直立不動の姿勢を取る。


神父もまたどこか虚ろで

生気をあまり感じさせない。


「勇者の代行者たる我が命ず」


「汝の魂よ、

再び新たなる肉体を得て

復活を果たしたもう」


「転移、魂魄こんぱく


神父の詠唱は

さも魔法でも使いそうな感じだが

これは魔法ではなく能力である。


その言葉と共に

老人としての肉体は動かなくなるが、

同時に神父の後ろにあった

棺のような箱、その蓋が開き

中から人が起き上がって来る。


それはクローン勇者の肉体であったが、

その魂はたった今臨終したばかりの

老人のものに相違なかった。



「いや、何この新しい体、

めっちゃ力湧いて来んじゃん!」


何故急に言葉遣いが

若者風になったのかは

よくわからない。


肉体の影響を魂が受けたためであろうか。


「婆さん、ほら

こんな若い体貰ったわ、

これなら後まだ五十年は生きられるわ」


「やですよ、

お爺さんだけそんなに若くなっちゃ」


「お爺ちゃん、よかったね!」


新しい肉体を得たお爺さんは

お婆さんと孫達と共に

喜びを分かち合うのだった。


-


あの後、さらに考えた勇者が

もう一つ出した結論として、

人間エリアの年寄りが

虫の息で、死ぬ寸前、今際の際に

その人間の魂を

複製勇者の肉体に

転移させるという方法を思い付き、

これを新しい能力としてつくり出した。


転移魂魄てんいこんぱく


人間が死ぬ時、

滅びるのは肉体だけで

魂が滅びる訳ではないので、

他の肉体に転移させれば

おそらく魂は生き続けるだろう

と考えた訳だ。


勇者であるにも関わらず、

もはややっていることが

死霊術師とそれ程

変わらなくなっているような気が

しないでもない。



年寄りが死にそうになる度に

人間エリアに呼び出されるのも

かなわないので、

専任の複製勇者を用意し、

彼にもその能力を付与した勇者。


勇者は皮肉を込めて

その専任複製勇者のことを

『神父』と名付けた。


これで理屈上は、

人間の肉体を存続させ、

人間の魂も存続させ、

種として生命を繋ぐことが

出来るようになる筈だ。


が、これで上手いこと

長年続けていけるのかどうかは

まだ今の段階ではわからない。



もし可能であるならば、

やはり外部からでも

新しい人間を大量に

連れて来たいところではあった、

勇者的には。


転移強奪でドームを転移させた時に、

一緒について来た

警備員のおっさんのように。





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