勇者の敗北条件

今回、勇者がバイクで

去って行ったのには訳がある。


魔王軍の方にも動きが見られないので、

勇者にも思うところがあり

東側の人間エリアを改めて少し見て回ろうかと

思っていたのだ。



何処の人間の集落も貧しく、

その日の食べる物を確保するのに精一杯で

慎ましい生活を送っている状態。


人間世界のテレビで見た

戦地、もしくは貧困な国の光景

そのものに見える。


相変わらず痩せた土地で、

作物が育ちそうな気配は一向にない。


何処に行っても年寄りと子供しかおらず、

いくら魔王軍との戦いで死んだと言っても、

これだけ綺麗にごっそりと

十代後半から五十代の人間だけが

いなくなるということは有り得るのだろうかと

勇者は不思議で仕方がない。


-


それと今回の件で、

自分の敗北条件とは一体何なのか、

改めて考えさせられることにもなった。


勝利条件『自分が魔王を倒す』、

これはもちろんわかる。


敗北条件『自分が敗れ、死ぬ』、

これももちろんわかる。


敗北条件『この世界の人間が絶滅する』、

え?それはないでしょ?


つまり魔王を倒して

魔王軍を壊滅させたとしても、

人間が絶滅してしまうと

もしかしたらこのゲームは

自分の負けではないのだろうか、

という考えが頭を過る。


普通の勇者であれば、

人間を守るのは当然、普通のことだが

この勇者の場合、

自分がこのゲームに勝つことしか考えていない。



そして、魔王を倒したとしても

ここの人間はいずれ

種として滅ぶとも思っている。


明らかに異常な人口構成比、

そして貧困という劣悪な環境、

今いる子供達ですら

このままでいけば

成人するまで生き残れるのは

おそらくごくわずかであろう。


なので勇者的には、敗北条件に

『この世界の人間が絶滅する』

という項目を入れられてしまうと

今以上に無理ゲーになってしまうのだ。


-


勇者が人間の集落を見て回っている道程、

こんな痩せた大地を耕している一人の老人、

爺さんを見掛ける。


この世界の人間、誰もが諦めて

もう誰もやろうとしなくなったことを

一生懸命にやっている爺さんに

勇者は興味を持つ。


バイクを止め、

大地を耕す爺さんを

しばし見つめる勇者。


「爺さん、どうだい?

ここの土地は何とかなりそうかい?」


勇者は爺さんに話し掛けてみる。


「まだまだ時間は掛かるだろうな。


でも儂は信じておるんじゃよ、

こんな痩せた土でも

こうやって手を掛け続けてやれば

いつかは必ず豊かな土になると。


この世界は、美しい大自然に恵まれた、

実り多い豊かな世界だったんじゃからの」


爺さんは延々と

この世界の大自然の素晴らしさを

勇者に説いて聞かせたが、

現在進行形で自ら率先して

環境破壊を行っている勇者に

その言葉が伝わる筈はなかった。






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