俺が世界で一番好きなのは……


 息が荒い。身体中が痛い。視界も霞んで見える。それも無理はないだろう。六条家の見張りの数は俺が思っていた以上に用意されていて、奴らは本気で俺に向かってきてたから。普段の俺なら……すぐ捕まってたかもしれない。


 だけどノアのことが心配で仕方なかったから、火事場の馬鹿力が出たようで……常に紙一重だったものの、見張りは全て倒すことができた。


 「純、来てくれたのね!」


 お嬢様は椅子に縛られているとはいえ、見た感じ特に暴力を振るわれた様子はない。よかった、無事だった……。よし、今すぐお嬢様を助けないと……。


 「おっと。あかんで純くん、うちのこと無視しちゃ。作戦変更や、はよきーや、梅ちゃん」


 俺がお嬢様の縄を解こうとしたその時、柚様が手をパンパンと叩いて、誰かを呼び出す。すると俺の目の前に猛スピードで誰かがきて、俺の目の前に現れてお嬢様に近づけさせないようしている。


 「な、なんだこいつ……」


 大したことがないやつだったら、すぐにぶっ飛ばせたかもしれないが……明らかにこの人は今までの見張りとは違う。見るからに筋肉をとことん鍛え抜いていて、それでいて顔の威圧感もすごい。なんなんだこのゴリラ……。


 「紹介するわ。うちら六条家メイド長の梅ちゃんや!」


 「め、メイド長!?」


 し、しまった! 女性に対してゴリラだなんて思ってしまった……。って! 今はそれよりもお嬢様のことの方が大事だ。だから俺は無鉄砲に向かっていくが……。


 「ぐはっ……」


 「純!」


 やはりそう簡単にことはうまく運ばない。ものすごいパワーで俺は一発殴られてしまい、床に尻をつけてしまう。くそっ……もう少しなのに……。


 「やっと落ち着いてくれたわー。純くん、久しぶりやねー」


 「……お久しぶりです」


 柚様は扇を仰ぎながら余裕の表情で話しかけてくる。この人に会うのは久しぶりだが、何かとお嬢様にはあたりが強いのに俺にはすごく優しい声で話しかけてくれるんだよな……。


 「ほんと、すごいわ純くん。うちの見張りが情けないってのもあるけど、あんなぎょうさんいるのを全部倒してくるなんて……うち感動したわ!」


 「……そ、そうですか……」


 「せやでー。そんな凄い純くんに、素晴らしい提案があるんやけど」


 「素晴らしい提案……?」


 お嬢様を無条件で開放してくれる……わけはないか。この人になんのメリットもないだろうし。だとしたら一体なんなんだ……。


 「うちの婿になりや、純くん」


 「……へ?」


 なんだと思って聞いていたら、訳のわからないことを言われた。え、どういうこと? 俺が柚様の婿になる? ただでさえ頭が回ってないのに、余計頭が混乱する。


 「純くん、実はうちな……純くんのこと好きやねん。きっかけはそうやな……子供の頃、純くんが泣いてるうちのこと助けてくれた時からやな」


 「……あー」


 確かにそんなことあった気がする。でもまさか柚様に好意を寄せられているとは思わなかったな。


 「うちの婿になればここにいるノアもすぐに開放しちゃる。それにな、うちの婿になれば毎日美味しいご飯も食べさせてあげるし、とことん愛情込めて尽くしてあげるし、それに毎日ユニ●デート行き放題やで、うち年パス持ってるから!」


 「……」


 「せやからうちの婿になりや。なれば純くん、うちが幸せにするから」


 その条件だけ聞けば、大体の男はこの要求を呑むだろう。現に柚様は俺が承諾すると思って自信満々の表情で話している。それにきっとこれを断れば、俺がこのメイド長を倒さない限りお嬢様は助からない。


 だけど。


 「お断りします」


 俺はその条件を絶対呑めない。


 「な、なんでや!? こ、こんないい条件なんやで! な、何が嫌やなんや!」


 「いやとか、そういう問題じゃありません。俺の信念の問題です」


 「信念?」


 そう、俺が昔から、今もずっと思ってきている信念。これを曲げてしまえば、俺は今までの生き方に泥を塗るようなものだし、これからの生きる上でもきっと後悔して生き続けるだろう。だって俺は……


 「俺が世界で一番好きなのはノアだけですから。昔も今も、これからも」


 俺は立ち上がって、はっきりとそういった。だってそう、俺が世界で一番愛しているのは……ノアだけだ!


 「純……! ぜ、絶対勝って純! わ、私も……貴方のことが……」


 「あかーん! そりゃあかんわ純くん! おい梅ちゃん、はよ純くん気絶させて、さっさとうちらの屋敷に運ぶで!」


 お嬢様が何か言おうとしたのを柚様は遮って、メイド長に俺を倒すよう命ずる。きっと長期戦に持ち込まれたら俺は確実に負ける。六条家に連れていかれるだろう。だったら一発で勝負をつけるしかない。


 「うおおおおおおお!!!」


 お互いに殴りかかる態勢。拳が先に当たった方が勝利をつかめるだろう。……まあ、どうなるかわからないけど……俺は絶対に勝たないといけないから。拳に思いっきり力を込めて、渾身の一撃をぶつける。


 そして……。


 「…………」


 「…………」


 結果は、お互いに思いっきりみぞおちを殴り合った。ああ、こりゃあとで確実に気絶する。だけど……先に倒れなければ……俺はお嬢様を助けることができるはず……だから。だから絶対……倒れるもんか!


 「………………」


 「う、梅ちゃん!?」


 その気合が違ったのかもしれない。俺より先にメイド長が気絶して、床に倒れこむ。そして俺は……腹を抱えながら、なんとか意識を保てた。


 「あかんわこれ。……ま、でも純くんもう満身創痍やし、予備の執事たちに任せればええや」


 「よ、予備……」


 ま、まだいるのかよ……。さ、流石にもう相手にしてられねえ……。


 「それはもう無理ですよ、柚様」


 「あんたは……あ、ノアのとこのメイド!」


 絶望的な状況に陥ったかと思ったが、ここにやってきた佐野さんを見て、ああ、なんとかなったんだなと察した。それで安心してしまったのか、俺も……。


 「じゅ、純! 純!」


  ――――――――――――

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