5-1. 終戦

 詩布は第二次輸送隊のトラックで帰ってきた。

 最終的に、わずか2週間の出征だった。彼女はいつものように真紀をせっついて焼酎を取らせると、さっさとベッドに向かった。よほど疲れていたらしく、結局まともな話が聞けたのは翌日の昼だった。

「普段通りだった」

 と話の最初に言ったのが、つまるところ感想のすべてだった。

 詩布はあまり戦場の話をしない。語るのは役立たずの指揮官だとか、笛で起こしに来る軍曹だとか、溢れるくらいの水で炊いた五目ご飯のことばっかりだ。

 戦闘は、と健斗が尋ねると「いつも見てるっしょ?」と返された。

 少なくとも食事が不味かった、というのは本当のようだった。彼女は前よりもやつれて見えた。


 カルガだけが、何かを察したように終始黙っていた。

 ときおり、うつむいて首すじの端子をかりかりと引っかく。そのたび古ぼけた金色のジャックが光った。


 よく見ると詩布の義手も新しくなっていた。

 これに関しても「強かったよ」と詩布は笑って流す。真紀が追及してもただの馬賊だった、の一点張りだった。

「だから、アタシはこうやって撃ってさ」

 操縦桿のトリガを引く真似をして、「相手は死んだ。それで終わり、でしょ?」


 そう、すべて終わった。


 その日の夜、政府から待機指示が下った。

 聞くところによると、証安党の残存勢力は栃木北部のソ連領に逃げ込んだらしい。

 それ以降、組織的な戦闘は無かった。

 小競り合いこそ各地で起こっていたが、補給線の途切れた軍隊が長続きするはずもない。

 実務に入っているのは兵站管理部の真紀だけで、詩布も健斗も訓練だけやっていれば良かった。


「本当に終わったと思いますか?」

 屋外射撃場のマンターゲットに10ミリ弾をしこたまブチ込んだあとで、健斗は詩布に尋ねた。

 スタンドに張り付けた黒いヒト型には、胸と頭に穴がたっぷり。

 ここのところ、ほとんど同じことの繰り返しだった。朝早く起きて、整備の手続きを済ませたら射撃訓練。リハビリと筋トレ、座学を済ませたら夜になっていて、あとはぐっすり寝る。


 3日前、関東平野の分割占領線が引き直され、緩衝地帯が消滅した。

 目と鼻の先にはソ連の部隊がいる。日本でもじきに国境警備隊が組織され、ここのRAMも撤収することになるだろう。


「キミ、医者から止められてるんじゃなかった?」

「詩布さんこそ、普段は訓練なんかしないのに」

 まあね、と詩布は頭を掻いた。

「アタシは気分転換ってやつだって。ガレアスの操縦って腰に来るんだから……」

「じゃ、俺も気分転換ということにしましょうかね」

「嫌だな。真紀の真似しちゃってさ」


 詩布はハンマーを手に取ると、リボルヴァー拳銃のエジェクタロッドをぶん殴った。

 丸々と膨れたマグナム弾の薬莢が落ちて、テーブルを転がっていく。彼女が手詰めする弾薬にはしつこいくらい火薬が入っていて、撃ったときはシリンダの前から熱風が噴き出すのが見える。

「……あの工場、またウォーラスを作ってたんだよね」

 そう言って、詩布はポケットから散弾のシェルをシリンダに詰めていった。

 5発詰めたところで足りなくなって、舌打ちしながら自作のマグナム弾を1発混ぜた。

「2号機と?」

「いや、量産型。装甲厚以外はほぼ同じ仕様だった」

 拳銃を振り、親指をクロスさせるように構えて、立て続けに発砲する。

「どうやって勝ったんですか」

「あいつら急造品でさ……!」

 ペレットがマンターゲットの胸をずたずたに裂き、最後の1発が頭を吹き飛ばした。

「ドライヴァの背骨を叩き割って、神経を直接マシンに繋いでたんだよね!」

 詩布はまたシリンダを振り出すと、弾を詰め直した。

 構えなおしたとき、彼女は無表情だった。


「アタシとやり合ったやつも、神経が壊死を始めてた」

「それって……」

「うん。片道切符だったんだよ」

 詩布はもう1カートリッジ分を撃ち尽くしてから、弾を買い足しに兵站部に向かった。

 あとには胸から千切れ飛んだマンターゲットだけが残された。

 戦場の事を彼女が話さなかった理由が、健斗にもようやく分かった。

 このあいだのカルガのイラついた仕草を思い出す。あの人もウォーラスに関わっていたから事情を察したのだろう。

 時間をかけた試作品でさえ、B‐M端子は身体への負担が大きかった。量産型と称して無理に施術したら、どうなるかは目に見えている。


「俺も……か」

 健斗は背中をさすった。

 目が覚めてからずっとごつごつとした異物感がある。たまに触れると痛みが走る。

 みんな長く戦いすぎた。そろそろ限界だ。

 考えても仕方ないので、目の前のマンターゲットに銃を向けた。

 軽くトリガを押し込んだだけで、銃口が火を噴いて、ターゲットの胸にぽつりと穴が開く。


 次は銃をコッキングしたままホルスターに収めた。グリップを握り、ハンマーに親指をかける。

 ひと息入れて左脚を下げ、拳銃を引き抜く。

 横倒しになった照準器に、トリチウムの白い光列が並ぶ。

 刹那のタイミングでマンターゲットが光列を通り過ぎ――反射的に親指を脱力した。

 ぱん、と軽い音がして肩が持ち上がる。だらりと下げた左手までびりびりと振動が伝わって、引き結んだ口から吐息が漏れた。


「真紀から習ってないよね、それ」

 隣のボックスに詩布が入った。数えるのが面倒くさかったのか、弾薬箱ごと買っていた。

「……あ、はい?」

「片目で撃つやり方って、馬賊式だからさ」

 詩布は手早く弾を詰めると、銃をホルスターに収めた。

 ふう、と息を吐いて引き抜く。マグナム弾特有の重い射撃音が響き、ターゲットが吹き飛ぶ。

「ね?」と詩布は笑って、横向きにした銃を振った。

 早撃ちなのに体幹がまったくブレていなかった。このまま続けて撃っても、彼女なら当てる。

「真紀は違うんですか」

「うん。アタシが教えたのは、つま先で狙うやつ。身体を整えるから、何十発だって当たるよ」


 もう一度、詩布はホルスターに銃を収めた。

 今度はまっすぐ立って、右手で銃のグリップに触れる。

 唐突に、破裂音だけが轟いた。ターゲットの残った部分が粉々に砕けていく。

「こっちの方がアタシは好きかな」

 詩布は腰だめに構えたまま言った。いつの間に抜いたのか。

 彼女がシリンダを振り出してエジェクタロッドを押すと、空になった薬莢がぱらぱらと落ちた。今の一瞬で残っていた5発をすべて撃ち切ったらしい。


「……えっと」

 健斗は手元のオートマチック拳銃を見た。

 構造上、リボルヴァーの方が速射に向くと耳にしたことはある。だがマシンガンより速いとは聞いていない。

「それで、誰から?」

 詩布はそう言って面倒くさそうに弾薬箱からスピードローダを取り出した。

「……ええと、その、馬賊から……」

「体重けっこうある人だよね。跳ねる撃ち方だから、使ってるのも小口径。どう?」

「はあ、たぶん……?」

 ここ数日、この人がまともなプロに見える。

 詩布はまた撃ちまくって、今度は薬莢をポケットにしまった。詰め替え用の空薬莢が欲しかったらしい。


「真紀から聞きました。あの基地でドレッド・ノートを見たとか」

「キミが殺した大尉どのもね」

 詩布はボックスから出て、後ろのベンチに腰かけた。

 健斗も隣に座り、彼女の不自然にすべすべとした手を見つめた。

「たぶん、俺は利用されたんだと思います。あのプロジェクトを止めるために」

「腕を買われたんなら良かったじゃん」

「当事者はたまったもんじゃない……詩布さんもそれで友達を亡くしてるわけで」

「亡くしたって他人事みたい」

 詩布は鼻で笑った。

「……で、キミはまだ終わってないって言いたいわけだよね?」

「まあ」


 健斗は拳銃のセイフティを爪ではじいた。かちん、と小気味よい音が鳴った。

「サンパチはシールドを張った。ウォーラスを作ったやつが見逃すとは思えない」

 そして、次に狙われるのは真紀と自分だ。

 詩布は座ったまま、何も言わなかった。

 ただ彼女にも分かっているのだろう。

 新規生産された量産型だけじゃない。まだ、基地の調査隊を壊滅させたやつが1輌残っている。そいつを倒すまでは、本当の終わりとは言えない。


 精算を済ませて、ふたりで酒保のサイダーを飲んでいると、落ち着かない様子のRAMがやって来た。

 よく詩布が一緒に飲む相手だった。通信所に務めている男だ。

「シノちゃん、緊急事態だ」

「区長に言って」

 詩布は片手で追い払おうとした。

「いや、そこまで緊急事態でもないんだが」

「じゃあどんな緊急じゃない緊急事態なわけ?」

「その……あ、サイダーだ。昨日入ったやつか? 美味そうだな」

「そろそろブッ殺すよ」

 男は肩を落として、プリント用紙を取り出した。

 波形を印刷しているらしい。波の間隔はかなり間延びしているように見えた。


「昨日からひっきりなしだ。どんどん増えてる」

「発信元は?」

 詩布はプリントをひったくると、周波数のところを指でなぞった。

「2.4キロヘルツ……雷の音を拾ったんじゃないの?」

「気象庁に問い合わせたが違った。それに波が規則的すぎる」

「潜水艦みたいな極超長波ELFね……」

 健斗は顔を上げた。詩布も自分で呟いてから、気付いたらしい。


「行きましょう。それしかない」

 健斗は言った。初めて真紀と会ったときも、ELF波が手がかりだった。

「……できれば武装して」

 状況が同じなら、きっと答えがある。

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