3-2.

 どこかで鳥が鳴いていた。

 カラスかもしれない。ここで戦闘が終わると、まずは彼らが現れるから。

 昔はトンビだったよ、と詩布は言う。

 森が焼き払われるまでは死肉を食うのはトンビの仕事だった。漁師がカモメを見て魚群を探すように、RAMたちは鳥を見て古戦場を見つける。自然はいつも正直だ。


 人のいない家はすぐ廃れると言う。基地も同じなのだろう。

 折れたゲート、崩れた通信施設、クレーターになったテスト施設たち。

 少し見ないあいだに、すっかり荒廃していた。

 元々が実験用の臨時拠点だったため、撤収するのも早かった。


 ハーフトラックの運転席で、真紀はファイルをめくった。

 トレーラは2輌連結で、荷重の合計は140トン。片方にはすでに詩布の赤いガレアスが乗っかかっている。

 ここまで重たいアクセルペダルは久しぶりだった。秩父に向かったとき以来だろうか。発進するだけで2度ほどエンストしてしまった。

「真紀、あれ。第3のところのカジメだよ」

「はい?」

 助手席の詩布が外を指さした。

 駐車場にゴテゴテとミサイルをくっ付けた戦車が停まっていた。白いひし形が砲塔に塗ってある。

「有名なんですか?」

「国軍のレンジャー上がりで、ゲリラ屋の元締め。知らない?」

「さあ……他の自治区のことですから」


 他に停めてある車両も、それぞれ違ったパーソナルマークを付けていた。

 詩布のガレアスも派手な赤色だが、ここまで露骨に『専用機』だとはアピールしていない。

 さっきの戦車には撃墜マークも書いてあった。26、だろうか。詩布の半分もなかった。

「……本当はショボかったり?」

「群れのスコアはあの倍くらいあると思う」

 さっきから詩布は眠そうだった。

「それでも詩布さんの方が多いじゃないですか」

「まあねえ……」

 詩布はあくびをこらえて、「大佐どのってそんなもんでしょ。アタシは使い潰しの伍長だし」

「使い潰しにしては長持ちしてるんですね」

「うん。尊敬した?」

「尊敬した方がいいんですか?」

 真紀と視線が合うと、詩布はちょっぴり嬉しそうに目を細めた。

「マジ、可愛くないなぁ」


 5分ほどして、建物の方で動きがあった。

 国軍の戦闘服を着た男たちが、銃を抱えて入っていく。やっと扉を切断できたらしい。

 あそこは格納庫だったはずだが、今は壁の大半がガレキで埋まっていた。

 あの日、基地は狂った女のMLFV1輌によって施設の大半が破壊された。

 道路こそ繋がっているが、それだけだ。わずかに残った戦力も後方に移されてしまって、もはや戦略的な価値はほとんどない。


 兵士のひとりがこっちにハンドサインを出してきた。来いと言っているらしい。

「どっちですかね」

「両方でしょ」

「詩布さんはガレアスがあるじゃないですか」

 真紀はシートベルトを外した。キャビンから降りると、脚の傷が痛んだ。

 近付いてみると、兵士は仏頂面をしていた。

「ガレアスの女の方に言ったんだが」

「どうせ私の方が役に立ちますよ。無口ですし」

 格納庫に足を踏み入れる。天井が落ちていて、どこも鉄骨だらけだ。

「おい、危ないぞ」

「銃弾よりはマシでしょう?」


 格納庫に入ってすぐ、落下したキャットウォークに押しつぶされた七一式の頭を見つけて、真紀は眉をひそめた。

 まさかふたたび来るとは思っていなかった。

 あのとき、健斗が先に行っていたら、怪我をしたのは真紀の方だった。無事だったのはわずか3メートル程度の距離の差に過ぎない。

「それで、ウォーラスはどこに?」

「調査中だ。どこかに地下への経路があるはずなんだが」

 男は地面をガンガンと蹴りつけた。


 今回の任務は、ここに保管されていた特殊兵器の回収。

 国軍だけでは人手が間に合わず、RAMにお鉢が回ってきたらしい。機密のかたまりというだけあって、手の空いている精鋭が集められた。この男も、真紀が知らないだけで名の知れた傭兵なのだろう。


「ここだ!」

 しばらく歩き回っているうちに、遠くで別の部隊の声がした。

「兵舎だったか」

「まあ、格納庫の地下を掘りぬくわけにも行かないでしょうしね」


 兵舎の奥には停止したエレベータがあって、その脇に非常用階段の扉があった。

 すでに部隊から斥候を出したようで、階段の吹き抜けでちらちらとフラッシュライトの光が揺れていた。

「見取り図と間取りが違うぞ」

 隊長らしい、筋肉太りの大尉が顔をしかめていた。

 階段から斥候が戻ってきて、敬礼をする。

「報告します。最下層にてウォーラスを含む2輌の独自規格のMLFVを発見しました」

「2輌だと? もう1輌はなんだ」

「自分はあの車両は知りません。頭部と両上肢を喪失していますが、『黒いウォーラス』に見えました」

「また例のプロジェクトか……築城つきしろのやつめ、でたらめばかりやる」

 号令がかかり、部隊が移動を始めた。


 真紀も遅れて階段を下りていると、さっきの男が隣に立ってきた。

「黒いウォーラスだとさ」

 くっくっと、なんとなく嫌な笑い方だった。

「量産品だったとはな」

「知りませんけど、普通は試作機って機能で分けて作るものでしょう」

「頭と腕が無いなら、戦争に出てたんだろ?」

「見ないことには何とも……」

 さっき隊長が言っていた築城大尉は、ここで特殊兵器の実験をやっていた。

 真紀が基地を出る直前に、最後に健斗と会っていたはず。健斗が帰ってきたとき、彼の拳銃は一発だけ弾が減っていた。

 聞いた話だと、極東戦争のときは詩布の上司だったらしい。

 やはり、詩布が来るべきだったかもしれない。


 最下層は分厚い鉄扉で閉鎖されていた。

 斥候が押し開けると、隊長たちもヘルメットのフラッシュライトを点けた。

 すぐにオイルのニオイと埃が充満して、兵器たちの存在を教えてくれた。

 隊長が声を張り上げる。

「1班はウォーラスの確認、2班と3班はエレベータと電源の復旧に当たれ。残りは黒いウォーラスの調査に向かうぞ」

 兵士たちが居なくなると、残ったのはRAMばかりだった。

 それでも一部は電源の手伝いに向かったが、真紀と隣の男は手持無沙汰となってしまった。

「あなた、兵隊じゃなかったんですね」

 真紀は男の襟章を見て言った。兵長の一本線はよく目立つ。

「ぶん殴るのが仕事の階級だと、こういうとき面倒が少なくて済むのさ」

「詩布さんが殴ってくるのも伍長だからです?」

「女のことは分からん。ま、だいたいそうじゃないか?」

 こういうとき、真紀も軍隊のことが分からなくなる。


 地下で人がいないのはキャットウォークだけだった。

 整備工場というのはだいたい規格化されているものだ。そうでなくても、同じような訓練を受けた整備士たちが働くから、自然と設備の配置は似たり寄ったりになる。

 真っ暗闇でも、思った通りのところに梯子があった。だいぶ埃が積もっているが、手持ちのライトで照らした限りだと、錆びている様子はなかった。

 

「なああんた、ここでやっていたプロジェクトって何だと思う?」

 梯子をのぼりきったところで、男が尋ねてきた。

「次期主力MLFVの開発計画ですよ」

 真紀はため息をついた。

 この男、渡されたレジュメもろくに読んでないらしい。

「最新型の……何て言うんですかね、装甲を載せていたんですけど、その担当の人がちょっとおかしくなっちゃって。試作機で暴れたから中止になったんです」

「詳しいな。ガレアスの女から聞いたか?」

「その場にいたんですよ」

 驚いたのか、男からの返事はなかった。


 キャットウォークからだと地下全体が見渡せた。だだっ広い空間に、兵士たちのライトがちかちかと光の円を作っている。天井からはMLFV用の固定具がいくつかぶら下がっていて、確かにふたつのヒト型の影が見えた。

「どうしてヒト型なのか、たまに不思議に思うんだ」

 男がぽつりと言った。

「ウォーラスですか?」

「いや、MLFVだ」

 車輪が丸いのと同じくらい当たり前なのに、変なことを訊いてくるものだ。

「そういうものでしょう」

「人間を模倣したのなら、何故あんなに醜い姿をしている? ハルクに至ってはフライホイールでバランスの崩れた身体を動かしている……」

「急造したからでしょう。戦時の兵器にはよくある話です」

「だったら良いんだがね」


 詩布と出会ったときを思い出す。

 赤いガレアスは絵本の怪物のようで、話しかけたら返事がかえってくるような雰囲気すらあった。あのとき停まっていたのがジープや戦車だったら、きっと真紀は逃げていた。

 ウォーラスだけじゃない。MLFV自体が少し外れている。


「何でしょうね……」

 真紀はフラッシュライトを構えなおした。

 前に向けた瞬間、キャットウォークの先で何かが光った。かがんだ人間くらいある。

 真紀は近寄ろうとして、少し考えた。ここで焦る必要はない。

「すみません、あれ見に行ってくれませんか?」

 男が嫌そうな顔になった。

「俺が行くのか?」

「私、15歳なんですけど」

「そうやって自分の都合で女のコにならないで頂きたいね……分かった」

 男が拳銃を引き抜く。

 意外にもソ連の銃だった。NATO規格のパラベラム弾を使える機種だから、あまりおかしなことでもないが。


 光っているものは場所からすると、エレベータの前だろうか。

 国軍の秘密基地であるからには、罠でも仕掛けてあるのかもしれない。こっそり、真紀は口を開けた。ゲリラの即席爆弾で一番怖いのは鼓膜の破裂だ。三半規管ごと壊されたら逃げるのもままならない。

 しばらくして、男が親指を立てた。


 真紀がそばに寄っていくと、光っていたのは車椅子だと分かった。ジュラルミンのフレームと、両脇に付いた車輪がぎらぎらと反射している。

 ひとり、男が座っていた。

「大尉だな。例のツキシロという男だ」

 血まみれのスラックスがライトで照らし出される。乾燥した地下の空気のせいで、皮膚のミイラ化が始まっているようだった。顔は白く変色していたが、軍人にしては穏やかな死に顔だった。

「撃たれたんですか?」

「ああ。腹をやられてる。9ミリじゃないな。.45口径……いや、10ミリか」

 10ミリ弾。健斗が使っていた拳銃の口径だ。

 築城大尉の身体を照らす。車椅子の下には国軍の9ミリ拳銃が落ちていた。

「早撃ち合戦をしたわけだ」

 大尉の身体を調べて、男はふむふむと鼻を鳴らした。

 首すじには端子が埋め込まれていた。真紀にも見覚えがある。カルガの首にあるものと同じだ。

 最後に見た築城大尉はしっかり歩いていた。カルガが視力のリソースをウォーラスの操縦に使ったように、大尉は手術で身体の大部分を捧げたらしい。


「なるほど」

 男が呟く。

「上手くいったようで、何よりだ」

「どういうことです?」

 男は微笑んで、きびすを返した。

「ちょっと、どこに行くんですか」

もよおしてしまった。たぶん戻らない」

「は――?」


 男はあっという間に梯子のところまで行くと、するすると降りていく。

 さっきまでとは明らかに動きのキレが違った。あの分だと追いかけても無駄だろう。

「何ですかあの人、ワケ分かんない……」

 どこまでも不真面目なやつだった。あんなのが同じRAMとは思いたくない。

 真紀はかぶりを振って、死体のことを知らせに軍人たちの元へ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る