4-2.

 かつてカンブリア紀の脊索動物が硬骨魚類になり、陸に上がった。

 ひとたび樹木に上った動物も地に落ち、歩き、ヒトに続く。

 すべての物には由来がある。

 農業用トラクターが戦車に発展し、古代ローマの横隊陣が諸兵科連合としてリヴァイバルしたように、兵器・戦術にもやはり、それぞれのルーツがある。


 健斗はそびえ立つ巨影を見上げた。

 銀の巨人。見渡す限りのすべてが火器に覆われ、要塞じみたシルエットを構築している。

 見たところ、これは最終バージョンのようだ。

 試作機というと、普通はあちこちパカパカと開いたり、試験に必要な個所以外は安普請やすぶしんだったりするものだが、こいつに瑕疵かしは見当たらない。


 関節が少ない右腕と、指を持たない左腕も、元から仕様に織り込まれているのだろう。

 MLFVの手足は、重機のマニピュレータから発展したものだ。

 ゆえに腕の一本でも残っていれば、大抵の作業が行える。

 過去には現地調達品だけで修理したハルクが6か月も戦った例もあるらしい。


 その意味で、この独自規格の腕は『MLFVらしく』ない。


「実物を見るのは初めて?」

 隣の千歳がにこやかに言った。

 化粧っけの無い顔と、気合の入ったハイネックがやはりアンバランスだった。

「まあ……。動くんですか?」

「ええ、これから実働テスト」


 目の前のガレオン――次世代型MLFVは、シミュレータ上よりもずっと大きく感じた。

 背中に砲撃ユニットが接続され、作業員たちが拘束具を外す。

 エンジンが吸気し、ターボチャージャの小さく甲高い音が加わる。

 ドライヴァが操作したのか、ガレオンは右手をくるくると回した。


「水素電池じゃない……? それに、今どき空冷か」

「まあね」

「よく動きますね。あんなにデカいのに」

「色々あるのよ」

 千歳は微笑んだまま続けた。

「装甲と機動と火力って両立できないでしょ、これは火力支援だから」

「じゃあ、前線フロントは現行の七一式に?」

「それは別の話。この子には味方なんかいらない」


 来て、と言って千歳が整備室から出ていく。

 ほぼ同じくしてガレオンが踏み出し、地響きが轟いた。

 足音以外は、驚くほど静かな車両だった。ちゃんと次世代型だ。


 次に健斗が案内されたのは試験場だった。

 運動場をそのままスケールアップしたようなアリーナと、装甲された指令室がある。

 最近になってひんやりとしてきた風が、砂を巻き上げていた。

「よくこんな広場があったもんですね」

「まあね。これでも突貫工事なの」

 千歳が指令室に入ると、中の軍人たちが軽い敬礼を送ってきた。

築城つきしろ大尉の状態は?」

 千歳がファイルをめくり、オペレータに尋ねる。

「ACSと同時に仮想プロモータを起動しましたが、器官生成には至っていません」

「キナーゼA投入量を増やして。まずは軸索を繋げないと……活動電位は?」

「イメージング終わってます」

「じゃあ3Dモデルにプロットをお願い。いざとなったらブランク領域を使うから」


 正面のディスプレイには、歩行するガレオンが映っていた。

 用意された障害物をきれいなスラロームで避けている。

 脚を見て分かったが、見た目より自由度が多い。どんな体勢からでも接地がスムーズだ。

 しかし、それでも旧式の三八式より遅い。

 左腕のガンランチャーが吼え、ターゲットが粉砕される。

 騒々しい音を立てて次弾を装填すると、ガレオンはミサイルで次々と射撃をくわえた。


 ターゲットがすべて破壊されたところで小休止が入り、停止したガレオンに点検用ケーブルが接続される。

 整備員たちも手慣れた様子で、20か所以上もあるポートを開いていた。


 点検のあいだ、健斗は指令室のパイプ椅子に座った。

 突貫工事というだけあり、ここは狭い。

「本気出すとどれくらい速度が?」

 手渡されたボトルの水を飲み、健斗は千歳に尋ねた。

「本気って?」

「最大出力ですよ」

 健斗はボトルを下ろした。

「今の試験は静粛モードだった。片肺飛行で動いてる」

「詳しいね」

 千歳の目が細くなった。

 肉食だな、と健斗は思う。この女はいつも何かを狙っている。


「俺もRAMなんで」

 視線を目から下げていく。千歳の口はまだ笑っていた。

 口紅も付けず、かさかさと乾いた唇。

 頬が酷くこけている。長いこと徹夜しているらしい。

 健斗は曖昧に微笑み、ボトルを再び口につけた。

「ウォーラスは本気だったの?」

 千歳は静かに言った。

「あの人はいつもマジですよ……」

 ガレオンの点検が終わったらしく、ディスプレイの整備員たちが離れていく。

 脚部の人工筋肉が伸長し、ゆっくりと胴体が持ち上がる。

 ガレアスよりも細長い三つ目が輝くと、こすれ合う各部から悲鳴のような音が上がった。


「特3種兵装、用意できました」

 オペレータのひとりが報告した。

 千歳は一瞬だけファイルに目を落として、うなずいた。

「大尉の心拍数は?」

「規定値を30超過。トランキライザは注入しますか」

「いえ……続けて。耐久試験フェイズ1、開始」

「了解。試験チーム、HQ。照準合わせ。発砲指示を待て」


 アリーナに対空砲が引っ張られてきた。

 40ミリ砲。砲身長も口径も、MLFVのライフルを大きく上回っている。

「照準終わりました」

 オペレータの声に、千歳の顔が少し強張る。

 画面の中で、ガレオンは身じろぎせずに対空砲と相対している。

「まさか実弾か?」

 健斗の問いに、千歳は答えなかった。

 ファイルの表紙を爪でたたき、何度か息を整える。

「始めて。耐久試験、開始」

「了解。試験チーム、フェイズ2。撃ち方はじめ!」

 あちこちで復唱が続き、対空砲へと指示が伝播していく。


 最後の指示が届き、通信が返ってくる。

「了解。HQ、射撃班。撃ち方はじめ!」

 2門の砲口から、煙が上がった。

 破裂音と一緒にサボットが吐き出され、初弾が飛ぶ。

 次の瞬間には無数の曳光弾がガレオンめがけて飛翔し、土煙で巨躯を隠していた。

 潰され合う音の壁が衝撃波となって、ディスプレイの映像にノイズを走らせる。


 やがて発砲のフラッシュが止み、何も動くものは無くなった。

 健斗はこぶしを握っていたのに気付き、そっと力を抜いた。

 脂汗がニチャリと音を立てた。


「なんてことを……」

「こちらHQ。大尉、大丈夫ですか?」

 画面の中で、土煙が風に散っていく。

 銀色の装甲が見えた。ガンランチャーと一体化した左手、鋭角的な頭と続く。


 すべて、無傷だった。


 ガレオンは前に向けた右手をゆっくりと握り込む。

 ばらばらと何かが地面に落ちていった。

 カメラがズームしていく。へし折れたタングステンの弾芯が次々と大写しにされた。


「素晴らしいよ、ミズミ」

 喘ぎまじりの声がスピーカーから出てきた。

「いや、少尉。これなら……」

 最後の方は大きくなった喘ぎ声で聞こえなかった。

 きっとドライヴァの彰真は笑ったのだろう。

 健斗は傍らを見た。

 千歳も、歯をむき出しにして笑っていた。

 これが、この女の本来の表情だ。


「今のは」

「斥力偏向フィールド。私たちはそう呼んでる」

 千歳の手からファイルが落ちる。彼女は顔を覆った。

「やった。あいつらとは違う。あんなまがい物とは違う!」

 やった、やった。

 何度も繰り返しながら、千歳はその場に崩れ落ちた。

 頬に深く食い込んだ爪が、赤い線を引く。

 ぽたぽたとこぼれる血と一緒に、彼女は絶叫した。


「これで、私、取り戻せる!」

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