第28話 果たされる約束
ついに傷病兵を運ぶ荷車の行列は伊達領へと到達した。
真田衆と黒脛巾組は喝采を上げた。
「阿菖蒲様! 伊達領です!! 阿梅様達のいる白石まで、もうすぐそこですよ!!」
身を潜める必要のなくなった阿菖蒲を抱き締めて、楓は感極まって大声を上げた。
「私、姉上達に会えるのですね……………本当に、本当に、白石に行けるのですね!!」
二人そろって大喜びする姿を、周りの者は涙ぐみながら眺めていた。
そこからは、もう真田衆の者達など気もそぞろだ。特に楓は阿梅に再び合間見えるとあって、阿菖蒲とそのことばかりを話していた。
「楓、気を緩めるな」
厳しく言いはするものの、佐渡もここまで来てしまえば、もはや恐いものは何もないと分かっていた。
阿菖蒲が伊達領に入ったことは阿梅にも知らされた。そしてついに―――――再開は果たされる。
さすがにこの日ばかりは、矢内の方も阿梅に仕事を休むように言った。
「今の時世、滅多にこのようなことが起こるものではありませぬ。たとえ親兄弟でも合間見えぬままになるもの。大殿に感謝するのですよ」
「はい。彼の御方の
阿梅は矢内の方の気遣いに瞳を潤ませた。
むろん、二ノ丸にいるおかねと大八も報せは教えられた。二人は大喜びし、到着する日は朝から今か今かと待ちわびていた。そこに、ようやく待ちに待った荷車が到着した。
幌がめくられるより先に、ぱっと荷車から飛び降りた小さな姿に、思わず阿梅は走った。
「阿菖蒲!」
転びそうになりながらも一心にこちらへ駆けてくる幼女に、阿梅は全力で駆け寄った。
「姉上ぇぇーーっ!!」
「あああぁ、よく! よく無事でっ!!」
阿梅の瞳から大粒の涙がこぼれた。
「阿梅姉様! おかね姉様!! 大八!!」
阿菖蒲は三人にもみくちゃにされながらも笑った。
「私、会いにきました! やっとやっと、姉上達に会えました!!」
四人の姉弟達をぐるりと囲んで、真田衆の者達は深く感じ入った。彼等はこれが真田衆としていられる最後の時だと知っていた。
阿梅は顔を上げ、阿菖蒲の為に尽力した皆をぐるりと見渡した。
「貴方がたは私の誇りです。よくぞここまで尽くしてくれました。我が父は良き家臣に恵まれた。
誇り高き真田の勇士達。貴方がたは
涙が伝う顔を上げ、凛と言い放つ阿梅に、真田衆は亡き主の面影を見た。この白石で、亡き人の魂を刻んで生きてゆく。その覚悟を彼女に見たのだ。
阿梅は真田衆の中にいる楓を見つけ笑いかけた。
「楓、約束通り、私のもとにもどってきてくれて、ありがとう」
楓は涙をこぼしそうになり顔を一瞬だけ俯かせたが、ぐいと目元を拭うと顔を上げた。
「私の主人は阿梅様にございます。必ずや命を果たします」
そんな楓の姿に佐渡は目を細めた。
楓はおそらく阿梅の傍を離れたがらないだろう。だがそれでいい、と、佐渡は考えた。
全ての者が黒脛巾組にならなくてはいけないというわけではない。阿梅を慕い尽くす楓の心を、佐渡はそのままにしておいてやりたかった。
阿梅は楓を抱き締め、また再び阿菖蒲を抱き締める。
「姉上に話したいことがいっぱいあります!」
「ええ。聞きたいわ」
「とってもすごくて、とっても大変だったんです!」
嬉しくて嬉しくて頬を真っ赤に染める阿菖蒲を、阿梅とおかねは涙ながらに見つめた。歳の近い大八はさっそく阿菖蒲にじゃれついている。
おかねがそっと阿梅の耳元へ口を寄せ囁いた。
「阿梅姉様、私、京で姉様に酷いことを。ごめんなさい。姉様の立場を考えれば、ああ言うしかなかったのに」
阿梅にだけ聞こえるように言った謝罪。おかねは京での事をずっと気にしていたのだ。
阿梅は首を振った。
「いいのよ、おかね。恨まれても仕方のない選択だったもの。でも」
心の底で願ったことが、こうして実現になった今だから言える。
「そうはならなかった。私達は本当に果報者です」
その有り難さに阿梅の胸は熱くなる。
「そうですね。でも全ては――――――姉様が小十郎様の元へいったからだわ。姉様の勇気が、こうした結果になったの」
「まぁ」
阿梅は目を見開いて、それから微笑んだ。
「その小十郎様を選んだのは父上ですよ。なにより、大殿のご協力なしにこのようなこと、起こりえません」
「またそうやって、姉様は周りを褒めてばかり。せめて私の褒め言葉くらい、素直に聞いてくださりませ」
「おかねったら」
くすくすと笑いあう姉妹に阿菖蒲と大八が抱きついた。
「あねうえっ! すごいのですよ!!」
「姉様、姉様! 旅のお話し、聞いてくださりませ!」
はしゃぐ大八と阿菖蒲に、阿梅とおかねも満面の笑みを浮かべる。
奇跡のような再会だった。それは人の思いが細い糸となって繋がり、そこを渡り切ったからこそ起きたものだ。
阿梅はそのことに深く感謝し、またつくづくと重綱や政宗公の凄さを思い知るのだ。
かくして、約束は果たされた。真田の四人の遺児達は、無事に奥州で守り育てられることになったのだ。
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