第24話 脇差しの行方
京には三井覚佐衛門景国をはじめ、まだ真田衆の生き残りが暗躍していた。
大八を死んだと見せかけたのも、真田衆の裏工作の一つだったのだ。
(しかし、あの脇差しを手放されるとは)
かつて信繁が大八に贈った脇差し、六文銭―つまり真田家の家紋―が刻まれたそれの行方を知った時、佐渡は驚愕した。
それと同時に、何があろうと、どんなに身分に落ちようと、大八には生き延びてもらいたいという信繁の強い意志も感じた。
たとえ大八が真田を名乗れなくなろうとも、だ。
(別の子供の死体を顔が判別できぬように打ち砕き、石打ち合戦で死んだとするなど、生半可な覚悟でできるものではない)
その子供の死体を大八だと裏付けたのが、例の脇差しだったというわけだ。
討ち死にを前にして、それでも一歩も引かずに戦い果てた、真田信繁の切なる願い。
(守らねば)
佐渡に残されているのは、真田の遺児達を守るという使命だけだった。
失ったもの。手放したもの。それでもなお、手の平からこぼれ落ちていないもの。あの夜に刻んだ想いを、佐渡は忘れない。
阿梅を敵陣に送り出した、あの夜のことを。
そこで佐渡はふと、阿梅が風太と呼ばれていたことを思い出した。そう呼ばれるに起因した和歌も。
(主なしとて春を忘るな、か)
まだ花は散っていない。これから時をかけ、実を結ぶやもしれぬ。
たとえ主がいなくとも。
「佐渡ー? 難しい顔をして、どうしたのです?」
小さな阿菖蒲の顔が佐渡を覗き込んだ。
「いいえ、姫様、何でもありませんよ」
鋭い目を緩ませる佐渡に阿菖蒲はせがんだ。
「また白石の話をしてください。美しいところなのでしょう?」
「ええ。山々に囲まれ、水が清らかでした」
白石を目にしてきた佐渡の語る話を、阿菖蒲は何度もねだった。そして聞く度に、きらきらとした目で阿菖蒲は呟くのだ。
「早く見たいです」
「………………じき、お連れしますよ」
何時もと同じように言う佐渡に、阿菖蒲は「はい!」と元気に頷く。
好奇心旺盛で天真爛漫なこの姫が、白石の地にどれほど明るさをもたらすことだろう。
そう考えていた佐渡に楓の鋭い声が聞こえた。
「佐渡様、今、太宰様が!」
ハッとそちらに顔をむければ、黒脛巾組の太宰金助が足音もなく、長屋へと入ってくるところだった。
佐渡の目に鋭さがもどる。
「動きがありましたか」
「ああ。迎えが仙台を出発してこちらに向かっている。そろそろ伊達屋敷に身を移していただこうか」
「承知致しました」
きょとんと見上げてくる阿菖蒲に、佐渡は「姫様」と改まった声を出した。
「時がきたようです。長く危険な旅となりますが、必ずや我らが貴方様をお守りします。ですから………白石にいる姉君達に会いにゆきましょう」
楓がそっと阿菖蒲に寄り添うと、阿菖蒲はコクリと頷きながらも問う。
「皆で行くのでしょう? ね?」
少し不安そうなそれに楓が笑った。
「もちろん、皆で。私も佐渡様も、阿菖蒲様のお傍を離れません」
それに、ぱぁっと花が咲いたような笑みを阿菖蒲は浮かべた。
その顔が曇ることのないように、と、佐渡は願う。そんな佐渡の肩を金助が叩いた。
「そう心配されるな。事は荒立たぬよ」
首を傾げた佐渡だったが、金助は自信に満ちた声で言い切った。
「我らが主が生半可なことをするはずもない。よしなにしてくださる」
何とも心強い金助の言葉は真実だった。佐渡は数日後にそれを思い知ることになる。しかし、それはもう少しさきのこと。
まずは阿菖蒲を無事に伊達屋敷まで移送する。それが今の真田衆に課せられた仕事だ。
(守り抜く)
散っていった人がいるからこそ。
生き延びた者達は懸命に生きる戦いを始めていた。
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