治水Ⅲ

 その後真田領の分配で得た領地については本庄秀綱と春日信達にある程度任せ、俺は案を確認するだけとした。今回のように勝ち戦の恩賞分配であれば皆領地が増えるためそこまでもめることはない。特に信達と上杉系信濃衆の仲は微妙だったので、この期に結束を深めて欲しいと考えていた。

 結果、砥石城などの旧村上領は村上国清に与えられ、上田城は須田満親が在番することとなった。信濃衆の中では一番智勇に優れているので俺も異存はなかった。


 一方、無事稲刈りの時期が終わり、そろそろ初雪が降るかもしれないという時期になってようやく阿賀野川の分流が完成した。

 周辺農民との揉め事も懸念されたが、元々洪水がよく起こる農業に適さない地だったので多少のお金と引き換えに農民は土地を手放してくれた。むしろ分流の分減った水田の収穫は洪水がなくなれば容易に取り戻せるのではないか。


 完成を聞いた俺は曽根昌世とともに分水地点の視察に向かう。

 元々その辺りは自然の土砂が堆積したものを堤防と言い張っていただけの場所で、川の湾曲に堪えられずに何度も決壊を繰り返していた。近くの高台から俯瞰して見ると、立派な石積みの堤防により補修されている。

 また、分水地点も川が分かれている付け根の地点に巨岩が配置されており、川の勢いを分散する工夫がなされている。ちなみにこれが甲斐において御勅使川を分水するときに使われた技法の一つであるらしい。


 現在分流は掘削を終えているが、阿賀野川から分流への流れは遮断されたままなので空である。空とはいえ、現在の本流に劣らぬ川幅となっており、周囲にもしっかりした堤防が築かれている。


「後はこの地点さえ掘れば川は二つに分かれるのか」

「その通りでございます。ですがどうしても、分流の方が直線的な流れになってしまうため水量がどうなるかは予想がつきません。一応分流は分岐地点の川底を上げ、本流より流れづらくはしておりますが」

 昌世が答える。北条や上杉、徳川などの名だたる武将と戦ってきた昌世でも水の動きだけは見通せないようだった。


「では、分流に水を流します」

「分かった」

「よし、分流を開通せよ!」


 そう言って昌世が法螺貝を鳴らすと、分岐地点付近にいた男たちが一斉にその付近に置かれている岩から伸びている縄を掴んで引っ張る。


 すると縄の先に結ばれていた大きな岩がごろごろと動く。その瞬間、阿賀野川の勢いに負けた分流側の岸が決壊し、分流に向けて水が流れ出した。その水の勢いたるや凄まじく、かなり広めに作られた空の分流が一気に水で満たされていく。城の空堀に水を流し込むときは似たような光景を見たことがあるが、ここまで大規模なものは初めで、しばらくの間純粋に感動してしまった。

 工事に携わった者たちもここまでの出来は初めて見たのだろう、感動に胸を打たれている。


 だが少しして本流の方を見ると、かなり水位が下がっている。

「あちらは大丈夫か?」

「分流に水が行きわたれば、ある程度は元に戻ると思います。また、こちらに異常がなければ上流の者に、潟に流れ込む支流を塞ぐよう合図して水量を増やします」

 支流を下手に潰すと農業用水に差し支えるが、現状潟はただのじめじめした土地でしかなかった。


「なるほど、やはり今すぐには成否は分からぬのだな」

「はい、治水は全ての工程において息の長い作業となるかと思いますので」

 とはいえ、せっかく流れが開通した以上しばらくは様子を眺めていたい。

 気が付くと、工事に携わった者たちの他に近隣住民も安全な堤防や周辺民家の屋根の上から見物していた。


「とりあえず今のところは成功しているようだし、見物に来た者たちと工夫たちに何か振る舞ってやれ」

 俺が連れてきた家臣に命ずると、少しして彼らは近くの弁当屋を数軒回って大量の弁当を荷車に載せて仕入れてきた。そしてそれを見物人や工夫たちに配り始める。

 いつの間にか、彼らの周りには酒や菓子を売り歩く者まで現れ、今日だけは周辺は花見の季節のように賑やかになっていた。


 昌世もしばらくは上流への伝令などを行っていたが、やがて仕事を一段落させて戻ってくる。

「今後はどのように進めましょう?」

「冬も近いし、とりあえずこの工事の結果が出るまでは大がかりな工事はやめておこう。周辺の堤防の補強を中心に行ってくれ」

「分かりました」


 やがて昌世も治水衆たちと酒を飲み始めた。彼らもおそらく工事には苦労しただろうし、今日ぐらいは羽目を外したいのだろう。

 しばらくの間その風景を眺めていると、やがて分流の水位が上がっていき、上流と同じぐらいになる。流れが分かれたため水位は少し下がっていたが、元の流れもやがて上流と同じくらいの水位には戻っていく。

 とりあえず今のところは成功のようだった。今後は減った水位の回復と、雪解けや梅雨の際の豪雨でも決壊しないかを見ていく必要がある。

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