治水Ⅱ

 七月中旬、徳川家に依頼していた武田家の治水に携わっていた者たちが百人ほど新発田城に現れた。とはいっても彼らは金山衆と違って集団として活動していた訳ではなく、治水終了後は築城や道路の舗装などいくつかの仕事に分散して携わっていたらしい。


 曽根昌世はこの間に信濃川・阿賀野川・加地川の視察を終えており、また人や金、資材の準備も整えていた。

 七月二十日、俺は甲斐から来てもらった者と昌世を城に呼んで顔合わせを行わせる。


「これは曽根様、お久しぶりでございます。鎌田太郎左衛門と申します」

 その中の一人が昌世を見て驚きの声を上げる。

「おお、おぬしもこちらに来ていたのか」

 同じ甲斐の出身同士、知り合いの者同士が数人おり、少しの間近況話に花が咲く。


「こほん、そろそろ本題に入りましょう。まず我らですが大きく分けて二種類の者が降ります。我らは治水において堤防工事などを承っていて、その後は築城の際に石垣積みなどに従事しておりました」

 鎌田太郎左衛門が言った。

「わしは三枝十兵衛と申します。主に川の流れを変える際の掘削などに従事しておりました」

「ご存知の者も多いが、今回治水奉行を任されている曽根昌世だ。よろしく頼む」

 そう言って昌世は早速図面を見せる。その図面をみて太郎左衛門や十兵衛は顔を見合わせる。


「このような入り組んだ河川がそのままになっているとは」

「さぞ水害に悩まされていたことでしょう」

「そうだ、現状海岸付近ではまともに農業することは難しい。だからこそおぬしたちには期待しているし、成功すれば報酬は存分にとらせる」

 俺は一言だけ口を挟む。


「それはありがたいですが……この地形相手だとなかなか難敵ですな」

 太郎左衛門が唸る。すると、昌世がこちらを見た。

「その通りだ。殿、加地川からと言われておりましたが、加地川で分流を適した地で日本海へと分流すると二里半(十キロ)近い距離となってしまいます。その点、阿賀野川の工事であり一里ほどの掘削で海へと繋げることが出来ます。まずそちらを先にしてはいかがでしょうか」


 だが阿賀野川を日本海に分流する「松ヶ崎掘削」は江戸時代に試みられた結果、その後の雪解けにより本流となってしまい、信濃川へと合流する流れが消滅してしまった。

 洪水対策としてはそれで成功しているのだが、信濃川への流れが消滅すると新潟港の水深が浅くなる可能性が高い。水深が浅くなると、大型船の出入りに差支えがある。

 上流で小阿賀野川を掘る工事を行えばある程度回復出来るのだが、そちらはそちらで時間も手間もかかってしまう。


「だが、それだと信濃川の水量が減り、新潟港の水深が浅くなってしまう」

 俺の言葉に昌世は首を捻って図面を見つめる。

「でしたら阿賀野川上流の福島潟などに注ぎ込む流れを止め、川自体の水量を増やしてはいかがでしょう」

 確かに川自体の水量が増えれば、流れが分かれても水量をある程度維持出来る。

「その場合一番懸念しているのは、分流が決壊して阿賀野川の本流が全て日本海へ出ていってしまうことだ」


「それでしたら我らも経験はあります」

 そう言ったのは三枝十兵衛だった。

「我らも甲斐において釜無川に注ぎ込む御勅使川の水流を二つに分割し、流れを弱めることに成功しました。自然が相手なので絶対とは言えませんが、不可能ではないかと」

 もちろん成功する保証はないし、失敗すれば最悪新潟港は使用不能になる。とはいえ、おそらく川沿いに堤防の建設を行っても、河川の流れが湾曲している状態を治さなければまた決壊する可能性が高い。

 重要な決断になるため少し悩んでしまったが、いずれはやらなければならないことである。早めに手をつけておけば失敗しても取り返しはつく。


「分かった。それなら阿賀野川の分水を先に進めてくれ。冬の間は水量は少ないだろうが、春先には雪解けで一気に増水する。それまでに出来る限り工事を完成させて欲しい。そして分流が春先の増水にも耐えることが出来れば、福島潟などへの支流を封鎖し、新潟港の水位が保てるようにしてくれ」

「かしこまりました。それではその方向で進めさせていただきます」

 こうして、不安だらけだったものの治水工事は始まったのである。


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