佐和山会談 Ⅰ

 天野川を渡った柴田軍は途中、池田恒興の決死の殿軍によりわずかな間足を止めたものの、壊滅した羽柴軍を追って佐和山城へ迫った。俺は敵中で孤立する形になっていた盛政の救援に向かったが、恒興が殿軍に向かったため、むしろ盛政は高山右近を追い散らしていた。


 壊滅していた羽柴軍だったが、城付近までたどり着くと蜂須賀隊と丹羽隊が退却の援護をした。俺は蜂須賀隊の背後をとろうとしたが、それに気づいた敵軍はあっさり兵を退いてしまった。足並みの乱れで敗北したものの、退却は見事であった。

 とはいえ、約三万の軍勢のうち数千が死傷、一万ほどが逃亡し、城に籠るのが精いっぱいという様相だった。


 柴田軍はほぼ完全勝利ではあったものの、勝家養子である勝政の討死という致命的な犠牲を払うことになった。

 城を包囲した柴田軍の元に、すぐに城内から長秀の使者として長束正家がやってきた。話を聞いた勝家は主だった将を本陣に集める。


「まずはこのたびの勝利、皆のおかげであった」

 勝家の言葉に盛政や佐々成政は興奮した面持ちで頷くが、前田利家らは気まずそうに俯いている。

 勝家はというと、勝政が討死したことがあってか喜びの色はなかった。

「論功行賞は論功行賞は戦の終了後に改めて行うが、今しがた丹羽長秀から使者が参った。わしと秀吉に和睦を勧める内容だ」


「何だと!? 先だって和睦を破ったのは秀吉ではないか!」

 盛政が激昂する。一部の者はそれにうんうんと頷く。

「だが、話に応じるのは構わないのではないか? 問題は条件だろう」

 利家は発言しづらいのではないかと思ったので俺が和睦の提案をする。

「その通り。問題は条件だと思う。今後秀吉が好き勝手出来ないよう条件を考えなければならない」

 成政も俺の言葉に頷く。それを見て利家らも控えめに同意を示す。


「それに盛政よ、羽柴家を取り潰すとすれば誰が備前や備中を治めるのか」

「……」

 勝家の言葉に盛政は沈黙した。秀吉以外に移封されたばかりの領地で、独力で毛利を抑えることが出来る者はいないだろう。

「それに下手に羽柴家を潰そうとすれば、毛利と結んで抵抗する可能性もある」

 俺も援護射撃をする。

「ならば秀吉を完封出来る条件というものを聞かせてもらおうではないか」


 その後俺たちは細々とした領地分配やその後の織田家の体制について議論した。最終的に秀吉の領地をどこまで残すかについてはまとまりきらなかった。多くの領地を残すのは難しいが、あまりに厳しい条件を突き付けて徹底抗戦されても困る。が、こればかりは秀吉の反応をうかがいつつということになるため、最後は勝家に一任することに決まった。


 が、そこへ見張りの兵士が少し困惑した様子でやってくる。

「殿、織田家から使いの者が参っております」

「どの織田家だ?」

 勝家の問いに使者は赤面する。

「申し訳ありません、織田信雄様の重臣、滝川雄利様でございます」

「何、信雄様から?」


 そう言えば徳川家康は信雄に、「戦いが決着したら和睦の仲介をして主導権を握った方が良い」と勧めることで信雄の参戦を阻止したのだった。せっかく俺たちの話し合いが大体まとまったというのにまた信雄と信孝の争いが再燃するのかと思うと頭が痛い。

 ちなみに勝家は信孝に味方したというよりは、秀吉の強引なやり方に賛同しなかっただけであり、必ずしも信孝を当主や三法師の単独後見人にするつもりはなかった。


 しかし信雄の使者が来るのは早い。もしかすると戦いの決着をどこかで待ち構えていたのかもしれない。

「とりあえずお通しせよ」

 滝川雄利は四十過ぎの武将である。伊勢出身で、滝川一益に才気を見込まれて滝川姓を与えられ、現在は信雄に仕えている。

 勝家の前に通されるとまずは恭しく一礼して言う。

「まずはこのたびの戦勝おめでとうございます。我が殿は羽柴殿と柴田殿の争いに深く心を痛めており、和睦の仲介に参った所存でございます」

「分かっている。とりあえず話し合いはするつもりだ」


 勝家は雄利の出方を伺っているのか、言葉少なだった。

 が、その言葉を聞いて雄利の表情は輝く。

「それは良き事。でしたら是非我らに和睦の仲介をさせていただきたい」

 しかし秀吉と勝家の戦闘は不可避のものだったはずなのに、信雄、利家、長秀と和睦の仲介をしたがる人物が多すぎないだろうか、と内心おかしくなる。

「いや、我らですでに話し合う予定なので大丈夫だが……」

 勝家も婉曲に断ろうとする。ちょうど先ほどの話し合いで、信雄も信孝も遠ざけて勝家が直々に三法師を補佐しようと決めたところだった。


 が、雄利は引き下がらなかった。

「とはいえ、戦ったばかりのお二方の会談ではまとまらぬこともあるでしょう」

「それなら交渉がまとまらなかったら改めて頼む」

「しかし……」

 なおも雄利は引き下がらない。雄利の執念というよりは、信雄の強い意向があるのだろう。

 しかし清州会議では秀吉と勝家の二大勢力があるところに信雄と信孝の二人が絡んだため、今回の対立の原因ともなった。そのため俺としては三法師の周りに信雄も信孝も残したくなかったし、勝家にもそれは伝わっている。


「滝川殿、ここはどうか柴田殿と羽柴殿を信じてもらえないだろうか」

 俺も横から口をはさむ。

「そういうことだ。我が軍でもてなす故、吉報を待っていてもらおう」

「……分かりました」

 どうしても勝家が折れないと分かった雄利は頷かざるを得なかった。

 そして城内の羽柴方と翌日の会談の予定が取り決められた。


 翌日、伊勢から戻って来た秀吉が佐和山城に入城した。今回会議に参加することになったのは、勝家と秀吉、そして長秀、成政、俺の五人である。柴田軍は包囲を緩め、城と包囲軍の中間で会談することが決まった。

 会談が決まったとはいえ停戦はなされておらず、伊勢と美濃では戦いが続いていた。そのため盛政は勝家が会談中の柴田軍の総指揮を任され、利家は美濃の信孝の救援に向かうのだった。

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