佐和山城の戦い Ⅲ

佐和山城周辺

「すぐに羽柴秀長様と殿に使者を送るのだ!」

 突然現れた柴田勝政隊に対して溝口秀勝の命令で城内で一番の早馬が数騎、飛び出していく。

「城門を閉ざせ! 急いで鉄砲を構えよ!」

 秀勝は慌てて防衛を指示した。五倍の兵力を誇る敵軍は猛然と城に攻め寄せる。城からは矢玉が放たれるが、勝政隊はそれをものともせずに向かってくる。


 が、羽柴軍は勝政が佐和山城に向かったことを察知したのか、すぐに五千の援軍を向けた。それを見て勝政は抑えの兵を残して城攻めを中止する。


 期せずして援軍と城兵で挟撃の形となったため、今度は勝政隊が守勢に追い込まれる。特に羽柴軍は背後が脅かされているため、加藤清正・福島正則ら秀吉子飼いの武将を軍勢に含めていた。羽柴軍屈指の勇将たちは手柄の立て時とばかりに襲い掛かる。

 一方の勝政も猛将佐久間盛政の弟にして、勝家の養子で武勇に優れている。返り討ちにするべく反撃し、激戦が始まった。主戦場では両軍が川で遮られているため、もしかするとこの辺りが一番の激戦地となっているかもしれない。


 秀勝は城内からそれを見つつ、時折勝政が城の抑えに残している兵に牽制のための銃撃を命じた。打って出たいのは山々だが、万が一にでも城を奪われてはならない。そのため、城外の混戦は時には羽柴方が押し、時には勝政が押し返しという攻防を一時間ほど続けた。


「秀勝様! 殿率いる六千の兵が戻って参ります!」

「何だと?」

 伝令の報告に秀勝は困惑した。主戦場は長秀が離脱しても大丈夫なほど余裕があるとは思えない。しかも羽柴軍から援軍が来ている以上、最初秀勝は連絡の行き違いを疑った。が、間近まで進んできても丹羽隊は止まらない。

 それを見て慌てた勝政隊だったが、ここまで力戦を続けていたこともあり、急に兵を退くことは出来ない。結果として、丹羽軍の攻撃を背後から受けて三方から攻撃される形となった。


前田利家本陣

 俺は数人の供だけを連れて利家の本陣に向かった。前田軍の兵士には待つように言われたが、この機を逃す訳にはいかない。俺は兵士たちを押しのけるようにして利家の本陣に乗り込んだ。そんな俺の勢いに利家は驚きを見せる。

「新発田殿、一体何事だ!」

「前田殿、今こそ羽柴軍を破る好機だ!」

 俺の言葉に利家はすぐに渋い表情になる。


「やはりわしには羽柴殿を攻撃することは出来ぬ。羽柴殿とは幼少の頃より陣を共にし、苦楽を分かち合ったのだ」

 利家の表情を見る限り、それは本心であるように見えた。少なくとも、恩賞に釣られたというようには見えない。もっとも、本当に恩賞目当てであれば利家が隣にいる佐々成政に襲い掛かればすぐにでも柴田軍は瓦解するだろうが。


「前田殿、気持ちは分かるがそれでもし柴田殿が負ければ討死や切腹となることもありえるだろう。それでもよろしいのか!?」

「いや、それも困る」

 利家は首を捻った。おそらく人柄がいいためだろう、幼いころからの友である秀吉と、世話になった勝家のどちらとも敵対したくないという苦悩がまざまざと伝わってくる。

 とはいえ、やはり二人への義理で悩んでいるのであれば説得する方法はある。


「前田殿、よく考えていただきたい。今お二人を助けるにはどうすればいいのか。今羽柴殿は幸いにもこの戦場を離れている。ここで羽柴軍が総崩れになれば、近江を避けて領地へ戻るだろう。その時前田殿がこの戦に参戦していれば、改めて和睦をとりなすことが出来る」


 秀吉をここで討った方がいいのかどうかについては俺も少し考えたのだが、仮に秀吉を討ってしまうと、羽柴領に毛利軍がなだれ込む可能性がある。秀吉領は元々毛利の領地だったところが多く、あっという間に制圧される可能性がある。

 中国地方全てを毛利家が制覇してしまえば、信雄と信孝の確執を抱えた織田家でたやすく勝てるとは思えない。勝家が毛利家と戦っている間に寿命を迎えるというのが最悪の可能性だった。


「だが、勝家様殿や盛政殿は和睦を飲んでくれるだろうか」

 利家が不安げにこちらを見つめる。

「俺も羽柴殿には領地を大幅に削った上で引き続き織田家で働いて欲しいと思っている。和睦の口添えはしよう」

「果たしてそれが叶うだろうか?」

 利家は不安げに尋ねる。勝家はともかく、雪で動けない間に和議を破棄して兵を動かして秀吉に盛政は激怒している。


「仮に羽柴殿が無事領地まで帰った場合、下手に和睦を拒否すれば毛利に降伏して援軍を頼むことすらあるかもしれぬ。それは避けたいという風に説得してみるつもりだ」

 戦いが長期化すれば信孝と信雄の反目が再燃する可能性もあるし、徳川家康の動きも油断出来ない。

 それにこれは不確実なことであるが、おそらく丹羽長秀も佐和山城に戻って勝家と秀吉の和議を主張するのではないか、と俺は思った。


「分かった」

 俺の言葉を聞いてようやく利家は頷く。

 そして立ち上がると大音声で叫んだ。


「者共、これより対岸の羽柴軍に攻撃をかける! 我に続け!」

「おおおおお!」

 周囲から聞こえてくる干戈の音にじりじりしながら待機させられていた兵士たちはその命令を聞いて震い立つ。そして飛沫を上げながら次々と天野川に飛び込むのであった。


 俺はその光景を見届けて自陣に戻る。

 その途中、前田軍の動きを見てこれまで申し訳程度に鉄砲を撃つだけだった金森長近・不破光治の二隊もそれに倣って突撃を開始したのが見えた。

 それを見て俺はようやく安堵したのだった。

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