戦後処理

十二月上旬 長岡城

 与板城の落城後、少しためらいはあったものの城には火をかけることにした。周辺の支配は長岡城の方が都合がいい。山城である与板城は防御には向いているが、今後上杉家がこちらに攻勢に出てくるとは思えない。だとすれば直江家の象徴である与板城を焼くことで直江家の没落を印象付ける方がいいのではないかと考えた。


 城を落とした後この勢いのままさらに西に進むことも不可能ではなかったが、冬が近づいていることと戦後処理があること、こちらも敵側ほどではないにしろ連戦で兵が疲弊していること、織田家がこれ以上の東進をやめたことなどを考えて進軍は停止した。


 まず最初にしなければならないのは降伏した竹俣慶綱と千坂景親の処遇である。とりあえず俺は長岡城に二人を迎えて引見する。

「このたびはこちらへの内応大儀であった。そなたらの尽力がなければ与板城は落ちなかったであろう」

「我らは上杉家に見捨てられた故、仕方なく内応しただけでございます」


 景親が言葉少なに答える。確かにここで嬉々として手柄を主張してくるような者は信用出来ない。逆に言えば景親は見捨てられない限りは裏切ることはない、と主張しているようにも聞こえる。

「今年の戦はこれまでだろうが我らは来年織田家とともに再び上杉家を攻めるだろう。その際、躊躇なく槍を振るうことは出来るか」

「もちろんでございます。一日のうちに敵味方が変わるのは戦国の習いですので」

 今度は慶綱が答える。


「そうであるならば問題はない。ところで今上杉家に従っている者たちは上杉家の滅亡と運命を共にすると思うか」

「そういう者が多いでしょう。ただ、まだ若い者や謙信公への恩義を感じていない者たちはそうではないかもしれません」

 引き続き慶綱が答える。となるとやはり柿崎千熊丸や斎藤景信らの調略はうまくいくかもしれない。


「なるほど。では上杉家が織田家に降る可能性はあるか」

「現状限りなく薄いと思われます。一度和議の話が出た際、景勝は『武田攻めの先鋒となるくらいであれば最後の一兵に至るまで戦う』と述べておりました。それがしも武田との和睦については一役買ったので確かにそれは心苦しいと思っておりました」

 今度は景親が答える。どうやら来年も戦いは続くようだった。

 ただ、現状彼らは武田が来年早々に滅びるということなど予想もつかないだろう。


「そうか。では当初の予定通り旧領の一部を返還する。来年の戦いに備えて領地を治めるように」

「「ははっ」」

 二人は頭を下げる。


 その後俺はしばらく今回の戦いで得た領地の分配に忙殺された。各武将が自分や部下の手柄を申告してくるので、その真偽やバランスを吟味してその上で手に入れた領地の割り振りを行っていく。しかしそれぞれの手柄だけでなくこれまで持っていた領地との近さなどもある。


 そして一番の問題は長岡城の城代を誰に任せるかであった。周辺は敵地との最前線であるため直轄にはするつもりだが、俺がずっとここにいる訳にもいかない。慶綱と景親は能力的には適任であったが、上杉家に再び内通する可能性もないとは言えない。信宗でも良かったが、元々五十公野家を治めている上に三条城の城主でもある。


 そこで俺は本庄秀綱を呼んだ。秀綱は御館の乱で敵対したことやその後蘆名家に逃れていたこと、さらに領地が離れていたこともあって新発田家の中では微妙な存在となっていた。

「何でしょうか」

「長らく栃尾城にて直江家の行動を牽制したことに加え、この戦いでは信濃川の渡河を見事成功させた。その功により長岡城代に任命する」

「まことですか」


 俺の言葉に秀綱は思わず聞き返した。まさか外様の自分がそのような役に任ぜられるとは思ってもみなかったのだろう。

「栃尾城と長岡城は近く、地理にも詳しいだろう。また、実戦経験でも他の武将よりも優れている」

 秀綱であれば安心して一軍の将を任せられる。また、御館の乱以来ずっと景勝とは敵対しており、裏切る可能性もかなり低い。

「ありがたき幸せ」

 俺の言葉に秀綱は納得したのか、そう言って頭を下げた。


 与板落城後の仕事はもう一つあった。

 与板城の落城を聞き、攻城中に勧誘の書状を出していた相手から続々と返書が戻ってきたのである。猿毛城の柿崎千熊丸や赤田城の斎藤景信らが来年、新発田軍が侵攻してくればそれに応ずる旨を約した。与板城の落城で上杉家の支配は中越でももはや危ういということを悟ったのだろう。

 ただ、全てがうまくいった訳でもなかった。城主石口広宗が切腹した北条城は内応を約する書状が届いたものの、景勝は流浪の身であった吉江景資を城主とした。


 こうして、天正九年は暮れていくのだった。

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