崩壊
十一月下旬 与板城
「こちらでも結構積もるようだな」
本丸から外の景色を眺めていた竹俣慶綱は周囲の景色を見ながらつぶやく。城の周辺が山ばかりであることもあって、雪は早くも積もり始めていた。
「とはいえ、敵軍は全く引くつもりがないようだ」
千坂景親は南方にそびえたつ長岡城を見てため息をつく。確かに雪が降って相手方の活動は鈍り、城に滞在している時間は長引いた。しかしそれだけと言えばそれだけである。一部の兵は領地に戻ったようであるが、主力は依然として長岡城に居座っていた。
一方の上杉軍の方が状況は深刻であった。城は完全に包囲されている訳ではなく、吉江景資と中条景泰の友軍は隙を見て兵糧を搬入してはいたが、少しずつ兵力を減らしていた。
というのも、吉江家も中条家もどちらの兵も出身地域はすでに新発田家に占領されているため、兵士たちは少しずつ脱走して故郷へ向かっていたためである。
これは与板城内についても同じことで、竹俣慶綱の兵や千坂景親の兵士も一部脱走していた。しかし城内には直江家の者も多いため、何とか守備は維持されているという状況であった。
「とはいえ、織田軍の勢いも魚津城を落としたところで止まるだろう。そうなれば景勝様も救援に来ていただけるはずだ」
「とはいえそれで長岡城を落とせるだろうか?」
慶綱の意見に景親が疑問を呈する。
「長岡城には多数の兵力がいるが、新発田領との連絡は信濃川に遮られているため、遮断するのはたやすい。川をまたいで兵糧を輸送するのは目につくからな。そうなれば兵糧はすぐに尽きるだろう。越中で負けたとはいえ景勝様や直江殿は健在。そのため、急ぎ長岡城の糧道を断つよう使者を送った」
「なるほど」
それを聞いて景親はほっとした。実のところ景親も越中での相次ぐ敗北と先の見えない籠城戦に先行きの暗さを感じていた。そのため、慶綱が打開策を持っていることに安堵したのである。
二日後
景勝からの返書を見た景親は目を疑った。そこには相次ぐ連戦による領地や兵士の疲労により救援は不可能、という景勝の言葉が書かれていた。また、直江兼続の書状も同封されており、兼続は城に入るため安心されたし、と書かれている。
今年は春に新発田城に出兵してからずっと越中での戦いが続いており上杉軍が疲弊しているという事実はよく分かっていたが、それでもこうしてその事実を突きつけられると衝撃が大きかった。
「やはりそうか……」
それを見た慶綱は静かにため息をつく。
皮肉なことに脱走が相次いでいることもあり兵糧自体はまだ一か月以上持つし、搬入も不可能ではない。今後さらに雪が降れば多少兵士が減っても力攻めで落とすことも難しくなるだろう。そのため来年の春まで城が落ちない可能性はある。
しかし春になれば今度は織田軍は国境を超えて越後に攻めてくるだろう。山本寺家の不動山城が間にあるものの、国境から春日山城までの距離はかなり近い。そのため、上杉本隊が救援に来る可能性はゼロに近い。
「慶綱殿はいかがする」
そう言って景親は失言に気づいた。どうするもこうするも選択肢は城を守り続ける以外にない。これではまるで景親がそれ以外の選択肢を検討しているかのようである。
「いや、何でもない。わしは戻る」
景親は慌ててその場を去ろうとする。しかしその背中に向かって慶綱は呼びかけた。
「待て。もしそうするなら今しかない」
もし降伏するのならば直江兼続が城に戻ってくる前しかない。景親にも意地があるので出来れば限界まで戦ってから降伏したいという思いがあった。が、兼続が戻って来れば降伏などありえないだろう。しかしもし時期を逃せば。景親の頭に富山城で切腹した河田長親や魚津城に殉じた山本寺孝長の話がよぎる。
「いいのか?」
「それしかない」
二人は目配せし合う。
「それなら急ぐか」
何せ景勝本隊が越後に戻ってからすでに数日経っている。兼続がまっすぐこの城を目指していればそろそろ戻ってもおかしくない。
「わしは事を起こす準備をする。千坂殿は向こうへの連絡を頼む」
「分かった」
時間に急かされて決めてしまったような気もしたが、そもそも何かを決断する時に十分に検討する時間があることなどそうそうない。
すぐに景親は内応を約する代わりに領地の保証を求める書状を作成した。最後に兼続が戻ってくるまでに終わらせたいので急いで欲しいという旨を書き添え、家臣に手渡して長岡城に届けさせる。
が、数時間後家臣は青い顔で戻ってくる。
「すみません、あまりに早急な行動を求めたために策を疑われています」
内応を約して城を攻めさせ、伏兵などで奇襲するというのは古典的な戦法である。そしてその際には時間がない、と急かして相手の冷静な判断力を奪うというのも常套手段であった。
景親は慌てた。策でないことを証明するのは難しい。
「そうだ、これを渡せ」
景親は景勝から来た書状をそのまま手渡す。
「分かりました!」
それを持って出た家臣は今度はすぐに戻ってくる。
「領地の約束、とりつけて参りました」
そう言って景親に二枚の紙を渡す。そこには景親と慶綱の旧領の半分ほどを返還する旨が書かれている。
それを見た景親ほっとして慶綱の元へ向かう。そして領地の保証について書かれた紙を手渡す。
「待ちかねていたぞ。善は急げだ。やれ」
慶綱が家臣に命じる。
数分後、本丸から火の手が上がった。それを見た直江家の兵士たちがすぐに消しにかかる。が、火の手を見た新発田軍が長岡城を出て城攻めに向かう。
慶綱と景親は消火に向かった兵士の代わりに城門を守ると言って城門へ向かった。そして新発田軍の兵士がやってくると城門を開けて迎え入れた。
堅牢を誇った与板城の最後は呆気なく、わずか数時間の攻防で落城した。
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