出雲崎の戦い

「……なるほど、数か月間直接的な戦闘はほぼなかったのにも関わらず熾烈な戦いだったのだな」

「はい、戦とは戦場で戦うだけのものではなくなっております」

 確かにその通りである。

「その後織田軍はどのように?」

「我らはそのまま魚津城を目指します。景勝の軍勢も数千ほど松倉城におりますが、もはや戦を仕掛けることも難しいものかと。問題は冬です」


 平左衛門はそう言って空を見上げる。そこには日本海側特有の灰色の空が広がっている。確かに織田軍の将は雪の戦に慣れていないだろう。兵士たちも越前や加賀の出身は多いが、だからといって雪の中の戦を経験しているとは限らない。

 上杉軍は謙信が雪の三国峠を越えるなどしばしば強行軍を起こしたこともあって雪には慣れている。御館の乱では全軍ではないものの、雪の中でも戦い続けていた者たちもいた。


「確かに、上杉軍は雪の戦も慣れている。雪の中戦い続けるのはやめた方がいいだろう」

「しかし我らが退けば新発田殿はどうされますか?」

「敵と戦って死ぬのは仕方ないが、雪による犠牲は増やしたくないからな。俺も冬は兵を出さずに調略などを行おうと思う」


 織田軍が動けない以上下手に動いて上杉全軍の反撃を受ければ手痛い損害を受ける可能性もある。そして冬までに景勝方の中心である兼続の与板城が落とせれば、上杉家の武将を調略することも可能ではないかとみていた。


「なるほど、では雪の間はお互い休戦といたしましょう。しかしもし上杉軍が攻めてこれば?」

「雪の折なら城内の兵士の方が圧倒的に有利。負けることはない」

「それもそうだ」

 こうして今後の方針を決めて平左衛門は帰っていった。


十月三日

「重家様、やはり与板城周辺の山伝いに兵糧が搬入されている気配があります」

 城周辺の徴税も一通り終わったころ、物見からそんな報告が入った。上杉領は広い。与板城周辺の米を回収出来なくても他から持ってくることは可能だろう。

「よし、信宗よ、山道を塞ぎ敵軍の兵糧搬入を阻止せよ」

「分かりました」

 信宗に一千の兵士を与えるとすぐに与板城西方の山間部に派遣する。


 とはいえ俺たちも知らないような間道から兵糧の搬入が行われていれば防ぐのは難しい。失敗した場合に備えて次の手を打っておく必要があった。

「上杉方がどこから兵糧を城に搬入しているのかも探れ」

 俺は多数の物見を周辺にばらまいた。


十月八日

 数日後、山間部に向かっていた信宗の軍勢が消沈した雰囲気で戻って来た。大敗してぼろぼろという風でもないが、どこか雰囲気は暗い。信宗の表情も珍しく暗かった。

「どうだった?」

 俺が尋ねると信宗は悔し気に語り始める。


「敵が山道を伝っているということだったので、道を全て塞ごうとしたところ、細い道で身動きが出来なくなった隊が奇襲を受けて敗北。ならば敵兵を先に叩こうと山を分け入ったところ、追った先で伏兵に遭い敗北。さらに城の近くで待ち受けようとすれば城兵が討って出て挟撃に遭う、といった有様で……」


 要するに地の利に勝る敵軍に翻弄されっぱなしだったということらしい。

 いっそ山に火をかけてはげ山にでもすれば敵兵が隠れる場所もなくなるが、そこまで大規模な山火事を起こせば制御出来るかは分からない。それは最後の手段にしようと思う。

「ご苦労だった。そういうことなら周辺の制圧を進めるしかあるまい」


 そこへ周辺に放っていた物見から報告が来る。

「申し上げます、敵軍は出雲崎に集積した兵糧を運びこんでいるようでございます」

 出雲崎はちょうどこの周辺からもう少し海側に向かったところにある小さな港である。確かにそこなら春日山の方から米を海路で運ぶこともできる。


「兄上、ここで挽回の機会をお与えください」

 信宗が必死に懇願する。どの道俺は城を離れない方がいいだろう。

「よし、ならば二千の兵を与える。出雲崎を占領するか、兵糧を焼いてこい」

「ありがたき幸せ」


 そして信宗は二千の兵を率いて出陣した。山間を避けて信濃川沿いに北上し、海沿いから出雲崎周辺に出る。当然上杉軍もその動きは察知していた。与板城への兵糧搬入の指揮をとっていた吉江景資は出雲崎を死守するため迎え撃つことにした。


 信宗が行く手に立ちふさがる兵士数百を討とうと襲い掛かると、景資率いる本隊が信宗軍の側面を突くべく襲い掛かる。不意を突かれた信宗軍だったが、挽回に燃える信宗は兵士たちを鼓舞して必死に応戦。たちまち周辺は乱戦となった。

 が、そこでふと信宗は気づく。必ずしもここで勝つことが目的ではない。


「我こそはという者はおらぬか。これより戦場を抜けて出雲崎に乱入し兵糧蔵に火をかけて参れ」

 信宗の呼びかけにたちまち三十人の兵士が集まる。

「ではわしはここで上杉軍の注意を惹きつける。兵糧は任せた」

「ははっ」


 信宗の下知で三十人の兵士が乱戦を抜けて出雲崎に向かう。

 が、上杉軍も同じことを考えていた。すでに出雲崎でも上杉兵二十人ほどと駆り出された住民が兵糧を船に載せて海上に避難させようとしていたのである。

 たちまち戦いになったが、ここでは信宗軍の方が兵士が多かったため、間もなく勝利し、兵糧には火がかけられた。海上にいた上杉方の兵士はそれを見てすでに積み込みを終えた分を持って沖合に避難するしかなかった。

 それを見た信宗と景資は決着が着くのを待つまでもなく、どちらからともなく兵を退いた。

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