天神山城の戦い

八月十七日 天神山城周辺

 俺は天神山城に織田家と上杉家の和睦決裂、吉江城の落城を伝えるとともに降伏を促す使者を送ったが小国重頼はこれを拒否。城兵は五百ほど、こちらは吉江城に負傷兵などを残してきたとはいえ、四千五百ほどの軍勢がいる。


 この辺りは平野部と海沿いの間に標高が二百~三百メートルほどの山が連なっており、天神山城もその中にある。俺たちが布陣しているのは平野部で、城が山の中にあるためきちんと包囲するなら山に分け入らなければならない。


「とはいえ一度攻めてみるか……攻撃!」

 俺の号令とともに新発田軍は山の中に踏み入っていく。城兵の数は少ないものの、城周辺はどこから攻め登っても斜面が険しい。また、斜面には木々が生い茂っており、そこを整然とした隊列で攻め上ることは困難であった。そのため、ばらばらに森を抜けた兵士がその都度倒されていくという事態が起こっていく。

大軍と言えども一度に大量の兵士が斜面を登って森を抜けられる訳ではない。数の優位が生かせぬままに時間だけが過ぎていく。


「黒滝城も似たような地形であったと思うがどのようにした?」

 俺は先に黒滝城を落としていた信宗に尋ねる。

「黒滝城の兵はこの半数ほど、合流して城兵が増えたため落とすのが難しくなっていると思われます」

「捨て置くとすれば次の目標は与板城か」


 山の中にあるというのは落としづらいということではあるが、裏を返せば落とさなくてもそこまで問題はないということでもある。

 もちろん兵力差がある以上、攻め続ければいつかは城兵の死者が増えて城は落ちるだろう。しかしそのための時間と損害を考えるとそれがいいとは思えない。


「ただ、後ろに城を残したまま与板城を攻めるのは難しくないでしょうか?」

 ここから西に向かえば信濃川があり、その対岸には出雲崎がある。そこから川沿いに内陸に向かえば兼続の本拠である与板城がある。物見によると吉江城を開城した吉江景資らも合流しており、信濃川を防御線にして防衛を続けようとしているとのことだった。無視して進むには多すぎる兵力が集まっているので信濃川を渡河すれば与板城に向かうことになるだろう。

 しかし天神山城の監視の兵も残すならば兵力は四千ほど。与板城を攻めるには心もとない兵力である。


「仕方ない、領内から追加で兵を集めるか。また、本庄殿にももう一度援軍を頼んでみよう」

 ここまで上杉家の防御が手薄だったのは、上杉方もこちらと同じように領地が入り組んでおり、防衛線が長かったからというのもある。しかし信濃川まで後退した今、かえって守りやすくなっている。

「それでは天神山城はどうしましょう?」

「兵力が五百しかいないのに兵糧攻めで落ちるとも思えない。攻めるしかないだろう」

 本当なら信濃川東側だけを押さえてそれで良しとしたかったが、そういう訳にもいかない。仕方なく俺は領内に追加の兵を募りつつ、城攻めを再開した。


八月二十日

 その後も城攻めは続いた。攻めづらいとはいえ攻め手は兵力が多いため、入れ替わり立ち代わりの攻撃となった。一方、城兵は常時戦闘を続けなければならないために疲労がたまっていく。そろそろ落城も近いなと思っていると。

「申し上げます、与板城の上杉軍が渡河して栃尾城を囲んでおります」

 本陣に本庄秀綱からの使者が現れた。

「何? 城は大丈夫か?」

「はい今のところは持ちこたえておりますが、吉江城の敗兵などを合わせた敵軍は四千ほどに膨れ上がっております」

「何!? 四千?」


 いつの間にそんなに集まっていたのだろうか。このままでは危ないと感じた敵が追加で兵を集めたか、見張りが焦って見間違えたか。

 栃尾城には一千ほどの兵力はいるし城は固いが、万一ということもある。やむなく俺は五百の兵を残して栃尾城の救援に向かった。


 が、俺の動きを察した上杉軍の竹俣慶綱、千坂景親らは戦うことなく撤退。こちらの攻撃は空振りに終わった。


「くそ、一戦すれば叩き潰す自信はあるというのに……」

 しかし悔しがってどうにかなるものでもない。俺は栃尾城にもう一千の兵力を援軍として置き、天神山城にとって返そうとした。

 が、そこでさらに物見がやってくる。今度は西側、黒滝城の方角である。


「申し上げます、今度は上杉軍が黒滝城に……」

 黒滝城は天神山城よりも西側にある。そのため、上杉方にとっては兵を出しやすい場所であった。一瞬黒滝城に兵を向けようかとも思ったが、そうすればどうせまた敵は直前で撤退するだけだろう。栃尾城と黒滝城に万全の兵力を配置しながら天神山城を攻め落とすのは現状不可能である。

「もういい、黒滝城には火を掛けて撤退せよ」


 八月二十一日未明、黒滝城は攻略に向かった上杉軍の前で炎上した。火が消えるころには木の柵や塀が一通り焼けており、むき出しの土塁と空堀が残るだけになっていた。それを確認した上杉軍は撤退した。

 それを聞いた俺は嘆息する。いっそそのまま天神山城の救援に来てくれれば野戦で雌雄を決するつもりはあった。上杉軍が四千ほどであれば、栃尾城に兵を割いた今こちらの兵力よりも多い。それでも攻めてきた敵を鉄砲で追い散らす自信はあったのだが、もしかしたら向こうも鉄砲のことを意識し始めたのかもしれなかった。

「まあいい、それなら一つ一つ城を落としていくだけだ」


 数日後の八月二十五日、ようやく天神山城が落ちた。思ったより時間がかかってしまったがこれで信濃川東側はおおむね平定したことになる。また、追加で募集をかけていた領内の兵士が一千、そしてついに本庄繁長からの兵士が一千追加で到着した。

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