上洛

 その夜は安土で一番高級と思われる宿で俺は歓待を受けた。出てくる料理は山海の珍味が並んでいた。当然歓待ということなのだろうが、俺はその中に信長が実力を示すためにやっているという雰囲気を感じた。平たく言えば経済力マウントである。


「お、これは南蛮渡来のカステラではないか」

 食後に運ばれてきた菓子を見て俺はわざとらしく驚いてみせる。俺は別にカステラを見ても何とも思わないが(最近食べてないので懐かしくはあったが)、一応重家は見たことないはずなので驚いてみせる。

「新発田殿は知っているのですか」

 秀政は驚く。

「ああ、こちらに来た商人たちから話は聞いていた。実際に食べるのは初めてだがな」

 他にも金平糖などの南蛮渡来の菓子がこれでもかと並んでいる。俺は普通に食べていたが、供の者の大部分は初めて見たらしく、目の色を変えて飛びついている。俺はそれを苦笑しながら見守る。


「ところで堀殿、明日からの京都見学の際に明智殿や羽柴殿に会うことは叶わないだろうか」

 俺の言葉に秀政は首を捻る。

「なぜでしょう?」

「なかなか京まで来ることはないだろうし、織田家の重臣の方々にも会っておきたいのだ」

「明智殿や羽柴殿を選ぶとはなかなかの事情通ですな」

 すでに重臣の一角であった佐久間信盛は追放されており、織田家の軍事は以下のようになっている。


中国地方(山陽)-羽柴秀吉

中国地方(山陰)・畿内-明智光秀

四国方面(予定)-織田信孝

北陸方面-柴田勝家

美濃尾張-織田信忠

三河遠江-徳川家康


 というように、各方面の軍団に分担されていた。織田一族や家康、北陸にいる勝家を除けば秀吉と光秀は織田家最高の実力者である。


「単に聞いたことある方を挙げただけだ」

「明智殿は聞いてみないと分かりませんが、羽柴殿は毛利との戦いの最中ですので、難しいですな」

 ちなみにこのころ秀吉は毛利方の鳥取城を囲んでいるところだった。

「もちろん可能であればで構わない」

「では一応聞いてみましょう。時に新発田殿は官位の話はご存知でしょうか」

「官位?」

 初耳である。


「はい。せっかくなので上様が新発田殿も官位を任官されてはと言われ、準備をしていたのですが」

「官位とは土産のようにもらってもいいものなのだろうか」

 俺は多少困惑する。あまりに突然の話に何か意図があるのではとすら思ったほどである。が、秀政は首を縦に振った。

「はい。すでに官位とは上様の一声で授与されるものとなっておりますので」

「そうか。それならばありがたくもらっておこう」

 さすがにこれには度肝を抜かれた。戦国武将は皆当たり前のように「〇〇守」などを名乗っているが、まさかここまで軽いものだったとは。それとも、無造作に与えているという演出をしているだけで、実際は前々から決まっていたことかもしれない。


 翌日、俺たちは秀政の家臣の案内で大津や山科を抜けて京都に向かった。俺は京都という地名から華やかな都市を想像していたが、俺の想像通りだったのは祇園周辺など限られた区域だけだった。応仁の乱から長らく続く戦乱により荒廃した京都は復興されたばかりの街、という印象だった。最後に槙島城で挙兵した足利義昭を追放してから十年も経っていないと考えると、京都が本当に平和だった期間は短い。


 また、内裏周辺には公家の屋敷が立ち並ぶが、こちらもひどいものだった。戦乱で没落した公家の屋敷は安土の商人たちの屋敷よりもひどかった。中には見栄を張っているのか、表門だけ飾り立てている家もあった。


「なかなか大変なようだな」

「はい。ですがこれでも大分復興したものですよ。もっとも、公家衆の家は……まあ……」

 秀政は言葉を濁す。


 公家衆の没落とは対照的に二条城や本能寺、それに有力武将の屋敷や商人たちの屋敷などは豪華絢爛であった。これらは今後の京都の、もしくは日本の主が誰なのかを表しているように思えた。


 その後京都見学に向かったお供集団と別れ、俺は朝廷に参内した。残念ながら正親町天皇には会えなかったが、これまで自称していた因幡守に正式に任官され、従五位下の位階を得た。

 ちなみに戦国武将は俺に限らず領地に関係ない官位を持っていることが多い。例を挙げれば信長は若いころ上総介を名乗っていたし、秀吉は筑前守、光秀は日向守に就いている。織田家では箔をつけるため、名のある武将には官位を配っているのだろう。


 そのため、儀式が終わって内裏を出ても俺の反応はいまいち薄かった。

「思ったより実感が湧かないものだな」

「そのようなものです。ただ、公家衆は官位の斡旋で生活を繋いでいる者も多いので」

 知りたくない現実を知ってしまった思いだ。


 その後俺は京都所司代の村井貞勝の屋敷に案内された。さすが所司代だけあって下手な公家衆よりは広くて立派な屋敷に住んでいた。

「では私はこれにて失礼いたします。明智殿は数日後に見えられるとのことです」

 本当か。初対面の俺にどこまで話してくれるかは不明だが、是非光秀の信長に対する感想を聞きたいものである。

「お忙しい中色々とありがたかった」

 俺は丁重に礼を述べる。そして役目を終えた秀政は安土へと戻っていった。

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