強権
翌日 黒川城
新国貞通の死後、蘆名盛隆は再び主だった家臣たちを黒川城に集めた。すでに貞通の死は拡散され、諸将は武装した兵士を護衛に連れて登城した。特に盛隆によく思われていないと思う者たちは十人以上の兵士を連れていた。
城内でも武将たちは腕に自信のある供を肌身離さずつけており、それを見て盛隆はほくそ笑んでいた。大粛清をするならそもそも同じ時期にまとめてやっている。それに自分の意見に従わない者を全員殺していては誰もいなくなる。盛隆としては貞通一人を殺すというよりは、侮っていた者たちを見返すということの方が主目的になっていた。
「此度は急な呼び出しに応じて集まってもらってすまない」
広間に集められた武将たちは盛隆の言葉に一斉に頭を下げる。さすがに広間に護衛を連れてくることはなかったが、控えの間にはそれぞれの護衛が固唾を飲んで控えていた。ここまで緊迫した雰囲気の集まりもそうそうないだろう。
「知っての通り、新国貞通が昨日何者かの襲撃を受けて命を落とした。現在蘆名は先代からの敵である佐竹の他に越後に敵を抱え、田村も叛いている。伊達も何を考えているか分からん。佐竹とは表面上誼を通じているが、誰が敵かもわからぬ状況である以上、一同気を引き締めるように」
広間は水を打ったように静かになる。当然誰もが盛隆の関与を疑っていたが、誰も口にしない。そのことに盛隆は満足する。こいつらが心服するとは端から思っておらず、とりあえず命令を聞くようならそれで良かった。
「とはいえ、他国の間者が我らの敵意を煽るために家中の者の仕業ではないかとの噂を流す者もいよう。そこで、今一度我らの結束を強めるために誓紙を用意した。持って参れ」
小姓の一人が恭しい手つきで一枚の紙を持ってくる。そこには
『天照大御神に以下のことを誓う
新国貞通殺人に関与なきこと
風説に惑わされ家中の者を疑うことなきこと
今後も蘆名盛隆に忠節を尽くすこと
以上三点、破ったら神罰をこうむること』
と書かれている。そして下には家臣たちが名前を書くべき余白があった。盛隆はそれを上座に座る金上盛備から回させる。盛備はそれを見て唸った。
(所詮戦国の世において誓紙など子供騙しではあるが、どさくさに紛れて自身への忠誠を誓わせるとはな。問題は盛隆様が今後どちらへ向かうかだが……)
盛備はそんなことを考えつつ誓紙を書き、次の者に回す。ちらちらと様子を窺うと、中には少し不満そうな顔をしている者もいたが、皆一応書き終えた。書き終わった誓紙が盛隆の元に戻ると、盛隆は手燭でそれを燃やし、その灰を杯に注いだ。古典的なやり方であるが、それを皆で回し飲みするというのである。
一番に回された盛備は少しだけ嫌な気持ちになった。もしかしたらここに毒が含まれているかもしれない。しかしそんなことをすれば死ぬのは自分だけである。それにここで怖気づいていれば他の家臣団に侮りを受ける。意を決した盛備はぐいっと中身を呷った。灰が歯にまとわりついてうっとうしかったものの、ただの酒であった。
盛備が飲んだことに安堵したのか、続く者たちはためらいなく酒を飲んでいった。回し飲みが終わると盛隆はおもむろに立ち上がる。
「今後この事件についてはわしが調査を行う。そのため皆には今日をもって事件のことは考えずに過ごしてもらいたい。特に家中の者を疑うような言説は許さないということだけは厳重に申し付けておく」
「……」
疑われているのは盛隆だけなので、微妙な沈黙が広がる。
「さて、改めて結束を固めたところで我らの今後の方針を決めようではないか。三春の田村が叛いたが、佐竹と戦っているためこちらはある意味心配ない。それよりも我らの赤谷城が色部家に落とされたのは由々しき事態である」
盛隆の言葉に一同は意外そうな顔をする。皆、てっきり盛隆は越後に関心がないものかと思っていたのだ。盛隆としても何の思い入れもないが、忍びを借りた以上上杉家への最低限の義理は果たすつもりであった。
「しかし佐竹のみに戦わせておいてよろしいでしょうか……佐竹はこの機に乗じて陸奥での覇権を狙っているはずです」
盛備が遠慮がちに声をあげる。
「いい。どのみち佐竹義重も陸奥で大きな顔をしたいはずだ。好きにさせておけ」
佐竹義重は南に北条家という大敵を抱えているとはいえ、大勢力である。変に主導権争いするよりは好きにさせておき、蘆名家は越後で領地を広げる。その路線で行こうと盛隆は考えた。どうせそのうち北条家が攻勢に出れば義重も陸奥どころではなくなるだろう。
「という訳で三月、我らは越後に攻め込む。それぞれ遠征の準備をしておくように」
「ははっ」
盛隆の言葉に諸将は一応頭を下げた。
(見ておれ。今は嫌々従っているだけだろうが、ここで手柄を立てて我が力を見せてくれる)
その後盛隆は直江兼続宛に書状を書いた。約束通り蘆名家の総力を以て越後に攻め込むこと、今後ともお互い便宜を図っていこうということなどである。
「そうだった、あれについても書いておかねばな」
思い出した盛隆は伊達家からの養子の件は保留にして欲しい旨を付け足した。蘆名家当主の座を手に入れた以上は自らの血筋を残したい。それに伊達でも佐竹でも、養子を迎え入れればいらぬ介入をしてくるだろう。盛隆にとってそれは真っ平であった。上杉にとって重要なのは養子の件ではなく、蘆名が越後に攻め込むことである。
こうして三月の上旬ごろ、黒川城には五千の兵が集結することとなったのである。
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