蘆名盛隆の憂鬱

二月某日 会津黒川城

「また上杉からの使者か。我らも別に越後侵攻の手をこまねいている訳でもない」

 蘆名盛隆は上杉家の使者が来るということを聞いて不機嫌になった。盛隆も家督を継いでから盛氏の方針を継承し、金上盛備らに越後への介入を行わせていた。新発田・本庄の勢力が増してくると方針を転換して上杉と結び彼らを攻めたが、赤谷城を失うなどうまくいっていない。伊達輝宗も金銭的な支援をしてくれてはいるものの、盛氏の代と比べるとどこかそっけないものとなっているように感じた。


 輝宗だけではない。重臣たちは盛隆のことを白い目で見ていた。富田氏実や新国貞通は公然と盛隆の意見に異を唱えたし、金上盛備らも補佐してくれてはいるものの、どこか盛隆を下に見ているような雰囲気が感じられた。


 そんなとき、蘆名家と同盟を結んでいた三春城の田村清顕(後に娘を政宗に嫁がせる人物)が敵方に回り、佐竹義重らが攻めるという出来事が起こっていた。元々義重は盛氏らと南陸奥の覇権を争っていた敵であるが、盛隆からすればどうでもいいことであった。むしろ、義重と結ぶことで盛氏の存在を否定出来ると思えば好意すら抱いていた。

(いっそ佐竹と結んでこやつらの度肝を抜いてやろうか)

 盛隆は舐め腐った顔で座っている富田や新国を見ながら思う。


「とはいえお迎えするしかないでしょう」

 盛備のたしなめるような声に苛立ちながらも盛隆は使者を通すことにした。現在越後情勢や田村清顕に対する対応などを決めるため、重臣が集まっている。そんなところへ上杉の使者が通された。


「上杉景勝の家臣、大国実頼と申します」

 確か大国実頼は重臣の直江兼続の弟だった。ということはただの事務連絡という訳ではないらしい。

「何だ。揚北侵攻の催促か?」

「いえ、そういう訳では……このたびはとある縁組の仲介に参りました」

 実頼は不機嫌を隠そうともしない盛隆に早くも辟易する。

「何だ」


「盛隆様は現在実子がいらっしゃいません。そこで同盟を結んでいる伊達家から養子を迎えることで伊達家との同盟と蘆名家を盤石にしてはいかがでしょう」

 盛隆の養子縁組については度々話が出ている。盛隆は何も聞いていないが、父盛氏は伊達輝宗と伊達小次郎を蘆名家に迎えると約束していたという噂も聞いたことがある。もっとも、盛氏が死んだのをいいことに輝宗が勝手に主張しているだけかもしれないが。


「お互い色々事情もあると思われますので、ここは上杉家が仲介させていただきます」

 確かに伊達家から蘆名家に要求すればまるで家を乗っ取ろうとしているかのようだし、蘆名家から要求すれば下手に出ているように見えてしまう。しかし何で跡を継いだばかりでそんな話をされなければならないのか。自分が長くないと言われているようで盛隆は不満であった。


 が、盛隆が沈黙していると猛然と話し始める者がいた。佐瀬種常である。

「お言葉ですが盛隆様、果たして本当に伊達家から養子を迎えるべきでしょうか。このたび我らに叛いた三春の田村は伊達家に接近しているとの噂もございます。果たして伊達家は信ずるに足るのでしょうか」

 すぐに金上盛備が反論する。

「何を言う! それは田村が勝手に伊達を頼っているだけだ。現に田村は佐竹の猛攻を受けながらも伊達は援軍を出していない。第一伊達家との同盟は盛氏様も重視していた。それを疑うというのか?」


 どいつもこいつも盛氏、盛氏と……と盛隆の不満は高まる。

「その通りです。一方の佐竹は南を北条の猛攻に遭って難渋しております。今佐竹と結べば彼らは我らに感謝するでしょう」

「ならば今こそ佐竹との長年の因縁の決着をつけるべきではないか?」

 二人の意見は真っ向から対立している。そして富田や新国は盛隆がそれをどう捌くのか、ニヤニヤしながら見つめている。

 ふと盛隆は考えた。何とか上杉や伊達か佐竹を使ってこいつらをどうにかすることが出来ないのか、と。


「大国殿、我が家中はご覧の通りの様相だ。仮に養子縁組が決まったところで越後に構っている余裕はない」

「は、はあ……」

 蘆名家中の分裂の様相を見せつけられた上に、盛隆まで本音を言い出して困惑する実頼。普通そういうところは他家に隠すところではないのか。


「そなたもこのような家に伊達小次郎を迎え入れれば伊達家からの信用を失うぞ?」

「盛隆様!」

 雲行きが怪しくなってきたことを察した盛備が叫ぶが盛隆はお構いなしである。

「とはいえ蘆名家は先代盛氏様よりの名臣も数多くおり……」

 実頼は必死に話をまとめようとするが、盛隆はお構いなしだった。

「大国殿、後で別室に参られよ。話がある。他の者たちも今日はもうお開きだ。これでは話をするだけ無駄だ」

 そう言って盛隆は勝手に退出した。後に残された者たちはある者は呆然とし、ある者は内心盛隆を軽蔑した。


別室

「それで、一体どのような用件でしょうか」

 盛隆がすでにただならぬ鬱憤をためていることを察した実頼はおそるおそる尋ねた。盛隆はちらちらと壁や天井の気配をうかがったが、大丈夫そうであることが分かると口を開いた。

「我が家には白アリが何匹か巣食っている。それを叩き潰してくれるのであれば越後にでも何でも兵を出してやろう」

「は?」

 実頼は突拍子もない要求に唖然とした。

「どうせ上杉は直江が牛耳っているのだろう。直江にそう伝えよ、白アリ退治の人員を貸せとな」

「は、はい、分かりました……」

 どのみちこのような重要事を一人で決めることは出来ない。実頼は頷くことしか出来なかった。

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