造船

 上杉軍は栃尾城を囲んでいたが、俺たちが三条城に入ったところ諦めて兵を退いた。もし俺たちが本庄秀綱と示し合わせて挟撃すれば勝つ自信がなかったためだろう。俺は馬防柵や逆茂木の建設など三条城の防御を固めさせつつ、本庄秀綱に使者を送る。

 すると秀綱からも『御館の乱中のことは水に流して今後は協力しよう』という返事が返ってきたため、俺は佐々木晴信に五百の兵を与えて守らせた。上杉軍は休む間もなく越中に向かったとのことなので、しばらくは攻めて来ることもないだろう。


六月二十八日 新発田城

 俺は約一か月ぶりに居城に戻った。領地が増えたのは喜ばしいことだが、年貢を徴収したり兵を集めたりしなければ国力は上がらない。それに領地が増えた分の農具も生産しなければならないが、今回の戦いで傷ついた武器の生産なども行わなければならない。いっそ鍛冶屋も増やさないといけないな、などと考えていると三度佐々平左衛門が現れた。


「この度は上杉相手に大勝されたとのこと、おめでとうございます」

 平左衛門はそう言って頭を下げる。今日は一人ではなく、後ろには五十ほどの日焼けした男が一人控えている。

「いや、たまたま天候に恵まれたためだ」

 防衛に成功したのは実力と思っているが、放生橋の勝利は雨が降っていたのが大きかっただろう。雨や増水で行軍が遅れていなければ上杉軍は無事撤退に成功していたかもしれない。


「そのようなことはございません。偶然を掴むのはなすべきことをなし、準備を整えていた者だけだとも申します。昔のことですが、上様も桶狭間で勝利した折、『まぐれじゃ』とおっしゃっておりましたが、あれは今川本隊の動向を監視して一時間おきに報告させていたためでした」

 確かに、ちゃんと内政を整えて兵を揃えていなければ景勝が撤退しても追撃して大勝することは出来なかったかもしれない。

 そう言えば桶狭間の戦いは1560年だったか。あれから二十年も経っていないのに今や織田家は最強勢力となっている。やはり信長はすごい。


「こほん、話がそれました。本日は先日ご要望された船大工をお連れいたしました。これなるが若狭の渥美新六郎でございます」

「渥美新六郎と申す。船を作ることしか出来ぬが、金さえあればどんな船も作ってみせよう」

 新六郎は低い声で言うと、頭を下げる。口数は少なそうなタイプだ。

「新発田重家だ。よろしく頼む」

「上様からは船が出来た折はコシヒカリを満載して輸出して欲しいとの言伝を預かっております」

「分かった。その際は是非大量に買っていただきたい」

 こうして俺は新六郎を迎えたのだった。



 翌日、早速俺は新六郎を伴って新潟へ向かった。早速船の建造をしてもらいたいが、予算やどのような船を作るかなど議論は色々ある。俺は商人組合の者たち、さらに今まで小船を造らせていた大工、そして新潟城の築城に携わっていた大工など関係しそうな者を一同に集めた。


「この度は織田家から船大工の新六郎を迎えた。そのため、本格的な造船に踏み切ろうと思う。そこで皆の存念を聞きたい。自由に思ったことを述べてくれ」

「渥美新六郎と申す」

 新六郎は静かに頭を下げる。ちなみに今までも新潟で造船は行われていたが、倉庫や城の建造に人手をとられ、小型船を試験的に作るだけであまり進んでいなかった。


 まずは那由の父であり、新潟一の豪商である酒井権兵衛が発言する。

「せっかく造っていただけるのであれば大きければ大きい方がいい。商品がたくさん積めるのはもちろん、北陸の荒波の中航行するにはある程度大きさがあった方がいい」

「そうなのか」

 俺は地元の船大工たちに話を振る。

「はい、当然小舟よりは重量のある大船の方が波などに煽られた際、安定して航行できます」

 近くに控えている新六郎も無言で頷く。


「お待ちください。我ら中小商人はそのような大型船を造る資金も出せませんし、満載するほどの商品もございません」

 あまり規模が大きくない商家を代表して磯部弥右衛門が述べる。それに中小商人たちが無言で賛同している。自由に発言していいとは言ったが、やはり話しづらいのだろう。

「そのための商人組合だ。それぞれ無理のない金額を出資してもらい、一隻の船を数家共同で利用してもらう」


 なぜ俺が大船建造を前提に話しているのかと言えば、織田家がコシヒカリを買ってくれるのであれば、遠距離を航行する必要が出てくるからである。商売は相手から金をもらう以上、大きい相手と取引するのが不可欠である。が、織田家の領地は遠い。一番近くても神保長住の富山港、その次が七尾港だがどちらも親織田勢力が持っているとはいえ織田領ではない。能登半島を一周してさらに越前まで行くとなればかなりの日数を要するだろう。

 さらにそれだけの日数を要してなお利益を上げるためには大量の商品を売らなければならない。

「なるほど、かしこまりました」

 今後船の運用を一緒に行う商家同士は仕入れから運用、輸出まで一括で行う仕組みが出来ていくかもしれないな、と俺は思った。


「ではこれくらいの寸法でいかがか」

「なんと」

 不意に新六郎が白紙に船の寸法を書き出す。織田家では一般的な寸法なのかもしれないが、その大きさには大船が欲しいと言っていた権兵衛でさえも度肝を抜かれている。中小商家にいたっては言わずもがなである。

「そのような船があればありがたいが、資金が出せるかどうか」

「安心せよ。ある程度なら俺も出す」

「あ、ありがたき幸せ」

 権兵衛は頭を下げるが別にただの親切ではない。大船が出来れば俺も使わせてもらいたい。その時、建造費を出資していれば大義名分が立つというだけのことである。

「でしたら問題ありません」

「構造ですがこの辺りの海を航海するのであれば……」

 そこからは船の構造や寸法、工程などの議論に話が移っていった。一方の商人たちもそれぞれがどのくらい出資するかの話になっていくのであった。

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