新潟城の戦い Ⅰ
六月一日 新潟城
梅雨が近づいているからか、しとしとと雨が降っていた。俺は新潟城の本丸からそんな空をぼんやりと見つめていた。戦国時代後期だし鉄砲は結構普及しているものかと思っていたが、越後は畿内から遠いからか上杉も新発田もあまり鉄砲を持っていなかった。そのため、雨の影響はそこまで大きくない。
雨の中、遠くから五千の軍勢が現れた。大場の戦いでも両軍五千ほどの軍勢であったが、改めて城の中から見るとその数は多い。しかし新潟城は東に流れる阿賀野川を天然の堀としているため、軍勢が多くても包囲することは難しい。はたして上杉軍は城の西側に陣を敷いた。
「さて、お手並み拝見といくか」
上杉軍は阿賀野川に面しているところ以外を包囲するように半円状の陣を敷く。そして城に向かって攻めかかった。上から見るとまるで黒い津波が押し寄せてくるような感覚に襲われる。しかし急造とはいえ、この城には馬防柵や城壁を設置しており、勢いだけで抜くのは難しい。
「敵軍を引き付けてから矢を放て!」
上杉軍が城壁付近に接近すると一斉に矢が放たれる。近距離から放たれた矢に兵士たちはばたばたと倒れるが、戦国最強と言われた上杉軍だけあってそれでもひるまずに攻めかかる。城壁にとりつこうとする上杉軍と撃退しようとする新発田軍。攻防は激化したが、雨はこちら側に味方した。
長時間の戦闘になると屋内から矢を射かける城方と、雨に晒されながら攻撃を続ける攻め方では疲労の度合いが異なる。元々初日は小手調べのつもりだったのか、上杉軍は二時間ほどの攻撃の後に退いていった。
「さて、どうするか? 雨が上がった後に改めて力攻めを行うか? 兵糧攻めをしようにも、阿賀野川から船での搬入を阻止することは出来まい」
六月二日 上杉本陣
「揚北衆の様子はどうだ」
本陣では景勝と兼続の他に斎藤朝信、甘粕景持、竹俣慶綱、安田能元、水原満家、上野旨秀らが軍議を開いていた。とはいえ、主に話しているのは兼続である。答えるのは直江家に仕える上杉の忍び集団、軒猿の長である。
「色部・黒川・中条家は新発田領の国境まで兵を進めております」
「早く侵入するよう指示を出せ。それより本庄殿と鮎川殿はどうしている?」
兼続の使番たちがすっと本陣を抜けていく。
「お互いの所領の周辺でにらみ合っております」
淡々とした報告に兼続は苛立った。なぜ当たり前のように味方同士でにらみ合っているのか。
「鮎川殿は先だって降伏したはずだが、なぜまだ本庄殿とにらみ合っている? まじめにやれと伝えよ」
さらに使い番が本陣を出ていく。
「蘆名の様子は?」
「赤谷城の小田切盛昭が兵を集めて安田城に向かっていますが、一千にも満たない数です」
「安田城には長秀殿他一千の兵がいる。それなら心配ないな。他に何かあれば伝えよ」
「越中の神保長住も兵を集めているとのことです」
軒猿の報告に兼続は苦虫をかみつぶしたような表情になる。敵は新発田と越中で連携をとっているというのに、こちらは味方同士でにらみ合いをしているという始末。とはいえ松倉城の河田長親の元にも兵を配置して備えているので急ぐ必要はないだろう。
「どうせ力攻めでは落ちないだろうから我が軍としては敵主力を引き付けて、揚北衆に背後を突かせる予定だったのだが……」
「新発田勢は領内にも一千ほどの兵力を配置しているとのことです」
「思ったより兵力が多いな……」
上杉軍は本隊五千、蘆名や神保への備え一千。本庄・色部・中条・黒川・鮎川が一千ずつでも兵を出せば合計一万を超えるはずだったがそうはなっていない。一方の新発田勢は新潟に三千と本領に一千。揚北衆の怠慢によりなぜか兵力はほぼ互角にまでなっていた。
「申し上げます! 本庄殿、鮎川殿からほぼ同時に書状が届いております!」
「見せよ」
景勝がようやく口を開く。使者から二通の書状を受け取った景勝は渋い顔で書状を放り投げた。
『本庄勢の動きが不穏なため領内を離れられません』
『鮎川勢の動きが不穏なため領内を離れられません』
「何であれ、すぐに新発田に兵を向けねば乱の後はしかるべき処置をとると伝えよ。色部、中条、黒川にも本庄・鮎川の不和を理由に参戦しないなど認められぬと伝えよ」
他の諸将は二通の書状を見て苛立ちや焦燥感を表情に出したが、兼続は淡々と指示を出していく。
「それで我らとしては持久戦で構わぬのでしょうか」
水原満家がおそるおそる尋ねる。近隣の水原城主である彼にとってはかなり気がかりなことであった。というのも、このまま上杉軍が越中に向かうことなどがあれば自分の身が危うくなるからである。ここまで新発田軍が攻勢をとってこなかったのはあくまで上杉家を向こうから刺激したくはなかったため。しかし戦端が開かれてしまえば、せっかく集めた兵を使わないとは思えない。
「問題ない。揚北衆が動かないのは問題だが、動くよう命令し続ける他ない。それに、こちらにはもう一つの策もあるしな」
兼続の言葉に満家は安堵した。
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