火蓋

五月二十六日 新発田城

「殿、春日山城にて新発田討伐の軍勢が集められているようでございます」

 家臣の高橋掃部助が緊張した表情で報告に現れた。

「来たか」

 ようやくか、という気持ちとともに緊張が走る。揚北衆全員に書状を出している以上、いつ討伐軍が来てもおかしくないとは思っていた。

「数はどのくらいだ」

「現在はまだ三千ほどですがまだ集まるものかと思われます」

「揚北衆の動きは?」

「一応兵力を集めている様子はあります」

「そうか。津川城の金上殿に景勝の動きを報告せよ」

「はいっ」

 高橋掃部助はすぐに退出する。さらに俺は側で控えていた矢五郎に声を掛ける。

「矢五郎、加地秀綱殿にもこのことを知らせよ。また信宗を呼んで参れ」

「はい」

 さらに俺は佐々木晴信、猿橋刑部、志村長門ら家臣たちに命じて兵を集めさせた。上杉家が内乱を起こしている間にこちらは新潟港での徴税や農業の効率化で収入が増加している。加えて防衛戦では討伐戦に比べて兵力を集めるのが容易である。


「兄上、ついにこの時が参ったようですね」

 兵を集めていると弟の五十公野信宗が姿を現す。来るべき戦いではあるが、心なしか目を輝かせていた。思えば信宗もまだ長沢道如斎と名乗っていたころ神余親綱とともに三条城の奉行を務めていた。俺たちが神余親綱を追い出して城を奪ったというのに、なぜか三条城は与えられなかった。そのため信宗も俺同様このたびの恩賞には強い不満を感じていた。

「そうだ。申し訳ないが信宗は新発田城に詰めて我らの本領を守って欲しい」

 俺の言葉に信宗は不満を露わにした。

「そんな! 私も兄上とともに景勝と戦いとうございます」

「気持ちは分かる。しかし本領をしっかり守っておかなければ、今は傍観に回ろうとしている揚北衆も攻めに転ずるやもしれぬ」

「ですが……」

 なおも信宗は不満そうな表情を見せる。

「忘れるな。彼らもこのたびの恩賞は十分に受け取ってはおらぬ。それがどういうことか分かるな?」

 彼らの前に無防備の新発田城や五十公野城があればどう出るかは分からない。だが逆にしっかりと守りを固めていれば、景勝への忠誠心が低い彼らがあえて攻めてくることはないものと思われた。

「はい、分かりました」

「安心しろ、景勝の軍は領内には一歩も通さぬ」

「はい」

 どこか残念そうではあったが、信宗はしっかりと答えた。


五月二十八日 新発田城

「殿、鮎川殿からこのようなものが」

 高橋掃部助が一通の書状を取り出した。封がされており、中身は開けられていない。外側には何も書いていない。受け取った高橋掃部助も不思議そうな顔をしている。

「何だこれは」

 俺は訝しみつつも封を開ける。そこには景勝から盛長に宛てられた書状が入っている。しかも封すらきられていなかった。一応開けてみると、五月末に新発田攻めを行うために参加せよとの旨が書かれている。

 鮎川盛長は御館の乱で景虎に味方し、降伏が認められていたものの景勝方の本庄繁長との折り合いが悪かったため、俺の乱を機に自立を考えているのだろう。

「そうか。一応お礼と、もし本庄領を攻める場合は好きに切り取り下さいと伝えておけ。もっとも、言われるまでもなくそのつもりだろうが」

「はい、かしこまりました」

「殿、蘆名家から使者が参っております」

「分かった、通せ」


 こんな感じで出陣前の二日ほどは大忙しだった。周辺の状況報告や兵の参集具合の報告などもひっきりなしにやってくる。そんな中、俺の前に蘆名家の使者が通されてくる。通されてきたのは乱の最中には敵として攻めてきたこともあった者であった。

「赤谷城の小田切弾正と申す。先般はお見事な戦いでござった。この度は共闘出来ることありがたく思う」

「我らも蘆名家が背後を固めてくれること、ありがたく思う」

「ついてはささやかながら物資をお贈り致す。代わりと言っては何だが、我らが上杉の領地を切り取るのを了承願いたい」

「まあ我らや味方の領地でなければ構わぬが」

 俺は言いつつも少し首をかしげる。蘆名家はどこの領地を切り取るつもりだろうか。御館の乱の折には春日山に在城していた安田長秀の安田城を攻めたが、今度は蘆名家周辺の防御も固められるだろう。

「いずこを切り取られるつもりか?」

「それについてはまだ計画の段階であり、秘密にさせていただきたい。ただ、新発田殿に迷惑がかかる場所ではありませぬ」

 疑問に思ったが問い詰めるほどの関係でもない。

「そうか、ならば我らからとやかく言うことはない。物資はありがたく頂戴いたそう」

「では今後ともよろしくお願いいたす」

 小田切弾正は深々と頭を下げると去っていった。


 こうして出陣前の準備は全て終えた俺は新発田城・五十公野城に信宗と一千の兵を残し、三千の兵を率いて新潟城に入城したのだった。とはいえ急造の城である新潟城に全ての兵が入りきる訳もなく、高橋掃部助らに一千の兵力を預けて後詰として控えさせた。

 同日、春日山城から上杉景勝が五千の兵力を率いて出陣したとの知らせが入った。さらに安田城などにも兵を込めて蘆名家にも睨みを利かせているとの知らせが入った。否が応にも新たな戦いは迫りつつあった。

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