密約
俺は城に戻ると早速越後赤谷城主・小田切盛昭に文を書いた。赤谷城は蘆名家の対越後最前線であり、景勝方の安田長秀の安田城を落とすなどの戦果を挙げていた。要するに蘆名家の先鋒的な存在だ。そして俺の周辺では蘆名家さえ何とかすれば平和が訪れる。
蘆名家としては乱のどさくさに紛れて勢力拡大を狙っているのだろうが、会津口はすでに膠着状態に陥っている。俺や新発田家が守りに徹すれば乱の最中とはいえ領地をこれ以上奪うことは難しい。現在蘆名家は常陸の佐竹家と交戦状態にあり、戦力がありあまっているという訳ではない。ならばそちらに注力した方がいいということを説明すれば和睦してもらえるかもしれない。
手紙を出して数日後、小田切家から返事が返ってきた。
『当家の金上盛備殿より、和睦の儀、詳細について話し合いたいのでどこかでお会いしたいとのことです』
金上盛備は越後津川城主で、会津執権と呼ばれるほどの重臣である。そんな人物が出てくるということは手ごたえはあるということだろう。とはいえ、俺が堂々と津川城に赴いたり、逆に盛備を五十公野城に招いたりすることはまだ両家が敵対関係にある以上問題がある。仕方がないので俺は中間ほどの地点を指定した。
十一月二日 越後某所
俺は指定した地に矢五郎他兵士十名ほどを連れてやってきた。辺り一面に田んぼが並ぶ、見通しの良い平地である。お忍びで会うからにはもっとひっそりとした場所の方がいいのでは、と言われたが開けた場所の方が兵を隠しづらい。一応何人か物見を出して伏兵がいないか、蘆名方の城から兵士が動いた形跡はないか調べさせてはいるが異常はなさそうである。
俺が少し緊張しながら待っていると遠くから同じく十名ほどの護衛を連れた武士がこちらに向かってくる。五十前後ほどとみられる老齢の武士だが、その眼光は鋭く幾度も戦場を潜り抜けてきたからか小さい傷も無数についている。
蘆名家は当主盛氏の元最盛期を築いているが、彼はその立役者の一人である。俺に近づいてくると、軽く一礼して口を開く。
「お待たせいたした、五十公野治長殿」
「このたびはこちらの申し出に応じていただきかたじけない」
俺たちは型どおりのあいさつをかわす。
「さて、早速だが当主盛氏様は積極的な領地の拡大を方針としており、我らとしても乱が終わるまでは越後への介入をやめる訳にはいかぬ」
「それであれば俺たちも景勝殿についている以上、蘆名家に反撃しなければならないことになる。だが新発田家は今やこの辺りでは押しも押されぬ勢力を築いている。蘆名家といえども佐竹と戦いながら我らと戦うのは辛いのではないか?」
ここまではお互い用意してきた文言だろう。
「もちろん、それは承知している。……そういえば治長殿は最近新潟でおもしろい政策を実施したと聞いているが」
「さすがに耳が早いな。おもしろいかは知らないが、俺は領地は奪うだけではなく豊かにすることを目指している」
ちなみに蘆名家の赤谷城や津川城を仮に攻めたとして、勝てないとは言い切れない。しかし問題はそこから会津の蘆名本家の反撃を受けなければならないことだ。そう考えると蘆名家から城を奪うのは割に合わない。
「それは我らとて同じこと。是非ともお話など聞かせていただけないだろうか。我らも戦争よりもより領地を豊かに出来る方法があると分かればそちらを取る」
要するに、俺の領内での話を聞かせれば和睦に応じてもいいということだろうか? 少し悩んだが、別に蘆名家が豊かになったからといって俺が困ることは何一つない。それに商業は相手が裕福な方がこちらの利益も大きくなる。今はまだ蘆名家方面との取引はあまりないが。
「単純な話だ。商人に金を出させ、俺は人手を出して倉庫を作る。その倉庫を使う商人からは使用量に応じて税をとる。といっても初期投資金額が戻るまでの間は税は相殺にするが。俺は建設費を一家に出させてしまったから他の商人からはその家にお金を払わせているが、本当は使う家全部から前もって建設費を徴収した方がいいだろうな」
「なるほど、確かに悪くない政策だ。それに水田開墾などにも使えるかもしれないな」
盛備は何気なくつぶやく。要するに開墾にかかる費用などを出させて、こちらからは人手だけ出し年貢を免除するということか。
「具体的にどれくらいの金額でやっているのかもお伺いしたい」
確かに仕組みだけなら調べればすぐに分かることだろう。俺は商人組合の誰がどのくらいお金を負担しているかなどを詳細に説明した。盛備はうんうんと聞き入っている。
「……という感じだ」
「なるほど、参考になる話だ。とはいえ、我らが正式に和睦を結べば色々と差しさわりもあるだろう。しばらくの間、戦っている振りだけでもしておこうではないか」
「そういうことか。確かにこちらもその方がやりやすい」
俺たちは黙って握手をかわした。確かに俺が勝手に蘆名家と和睦してしまうのは問題がある。とはいえ蘆名家の攻勢が鈍くなったのでこちらもあまり反撃しなかった、という話なら文句を言われる筋合いはない。
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