大場の戦い

九月二十六日 春日山城

 武田との和睦で潮目が変わったのか、景勝の元には俺を含めて五千ほどの兵力が集っていた。一方、景虎方には当初ほどの勢いが見られない上に、越後でうろうろしている武田軍に気をとられて御館への補給もままならない。勝頼が帰ったのにうろうろしている武田軍は謎の存在だが、もしかしたら乱が領内に波及することを恐れたのかもしれない。

 景虎方の上野衆が景勝方の樺沢城を落として越後に侵入するも、武田軍を警戒して進軍を躊躇するという出来事もあった。そんな風向きの変化を感じ取ったのか、景勝は諸将を本丸に集めて宣言する。


「今度こそ景虎を春日山周辺から追い落とす!」


 景虎軍は御館に集結して以来、たびたび春日山城下に進出しては城を攻めたり城下町に火を放ったりしていた。跡を継ごうとしている景勝にとっては屈辱的な出来事であった。その鬱憤を晴らすかのように景勝は出陣を宣言する。


「おおおおおおおおお!」


 景勝軍が城を出ると景虎軍も大場にて迎え撃つ構えを見せた。物見によると相手方の兵力も五千ほどらしい。これまでは景虎軍の方が数が多く、積極的な攻勢に出ることが多かったが今回攻勢に出たのはこちらだった。景虎軍からは散発的に銃声が響くが、上杉家はどちらも鉄砲をそんなに保有していない。


「この程度の弾丸を恐れるな、突撃!」

 俺は槍を振り回して敵軍に突入する。銃撃で数人が倒れるものの勢いは止まらない。たちまち乱戦になった。


「我が名は五十公野治長! 我と思わんものはかかってまいれ!」


「自ら武器をとって乗り入れてくるとは愚かな! 囲んで討ち取れ!」

 対する敵軍は栃尾城主・本庄秀綱が声を張り上げる。敵兵は俺を囲もうとするが、それよりも早く槍を繰り出す。胸を突かれた兵士が倒れると、そのまま次の兵士に槍を向ける。突然割り込んできた敵兵を槍の柄で殴るように薙ぎ払う。その兵士は吹き飛ばされるように倒れた。余勢を駆って俺はさらに馬を進める。


「本庄殿、尋常に勝負されよ!」

「望むところ、我が槍の錆にしてくれるっ!」


 秀綱も槍をとるとこちらに向かってくる。秀綱の突きを俺がかわし、今度は俺が突き出した槍を秀綱がかわす。そんな応酬が十合ほど行った後、俺と秀綱の槍が交差する。

「うおおおりゃあああ!」

 俺が力をこめると秀綱は槍を持ったまま弾かれるような形となり、体勢を崩す。俺は容赦なく槍を繰り出すが、

「殿、お逃げください!」

 秀綱の家臣が間に入る。俺の槍は間に入った家臣の右腕を貫いた。家臣が腕を押さえたので槍は抜けなくなる。

「すまぬ……くそ、次会うときはわしが勝つっ」

 秀綱は捨て台詞を吐いて逃走した。


 そこで俺はふと冷静になって戦場を見回す。こちらは押しているが他はどうなっているのだろうか。が、この戦線以外でも景勝軍が押しているようで俺はほっとする。

「よし、追撃するか」

 再び俺は馬を駆る。しかし少し進んだところで突然味方の進軍が止まった。ここまで敵軍は景虎の統率力の限界ゆえかあまり統率がとれていなかったが、この辺りの一角のみ敵兵は整然と陣形を組んで戦っている。

「恐れることはない。隊列を立て直して退けば敵もおいそれとはせめてこれない。慌てず落ち着いて退くのだ」

 見ると敵将の一人が殿

しんがり

で見事な采配を振るっている。泡を食って敗走してきた兵士も彼の元に来ると落ち着きを取り戻して戦っていた。


「あれは北条景広だな」

 いつの間にか隣に現れたのは一族の安田顕元だった。俺たちを景勝方に勧誘した人物である。

 北条景広と言えば景虎軍きっての猛将である。見れば俺もいつの間にか自軍からかなり突出してしまっていた。すでに大勢は決しており、これ以上陣形を乱して深追いするのは危険である。

「深追いは危険か」

「そうだな。それに治長殿はすでに十分手柄を立てている」

 俺と顕元は景広の隊とはぐれている敵軍の追撃のみを行った。その後景広軍が撤退すると、景勝軍の勝鬨が辺りにこだました。


 戦後、景勝は本陣に参戦した諸将を呼んで功を称えた。その中でも特に俺の手柄は大きかったのだろう、俺は諸将の中でも最前列で景勝に対面する。

「さすが治長殿、その武勇誠に天晴れだ」

「ありがたきお言葉でございます」

 景勝の言葉に俺は満足して頭を下げた。景勝は新潟や三条城については一言も口にしなかった。


「これで乱が終われば治長殿への恩賞も与えられよう」

 その光景を見た顕元もほっと息をついた。わざわざ諸将の前で功績を褒めたということは手柄をおおやけに認めたということだろう。

「とはいえ未だに沙汰はないが」

「景勝様は敵に勝利せぬうちに恩賞を約束するのは不実との方針らしい。案ずることはない、わしの命に代えても新潟と三条城は保証しよう」

 顕元は真剣な顔つきで言った。命に代えるとまで言われると俺は安心する。

「安田殿がそこまで言うのであれば」

 その後景虎は先日の大場の戦い以来、さらに勢いが衰えていったように思える。俺は一部の兵を残して春日山を離れた。景勝はこの乱に勝つことが最優先なのだが、俺には領地の内政というものがある

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