第476話 花梨と街頭演説
「おはようございます! 公平先輩!」
「おう。おはよう! 花梨は今日も元気だなぁ」
「はい! 先輩が応援してくれるんですから、気合も入っちゃいます!」
「そうかぁ。おい、聞いたか、現生徒会長?」
「みゃーっ……。わたしは、まだ眠いのだぁ……」
いつもより1時間早く毬萌を叩き起こして連れて来たは良いが、完全にスリープモードなアホの子。
アホ毛が完全に沈んでいる。これは一大事。
「ちょっと毬萌を生徒会室に放り込んで来るから、花梨は準備しててくれ!」
「はい! 了解しましたぁ!」
そして生徒会室のソファに毬萌をドーン。
スカート履いてるのに、そんな無防備に寝るんじゃありません。
エアコンを付けて、ブランケットをかけて、枕元にクッキーを置いて準備完了。
毬萌のスマホのタイマーを50分後にセットして、時間が来たら毬萌の寝ぼけた視界に入って来るのがクッキー。
多分これで覚醒するであろう、対アホの子用ピタゴラ装置を仕掛けておいた。
「んじゃ、俺ぁ行って来るからな!」
「みゃーっ……。お仕事頑張ってー……」
校門の脇に戻って来ると、上坂元さんと花梨が談笑していた。
選挙戦という観点から見れば彼女は敵なのに、実に朗らかに笑っている。
花梨のこういう、敵を作ろうとしない姿勢が俺は好きである。
さて、ここは一つ、俺も先輩として挨拶するか。
「お待たせ、花梨! おはよう! 上坂元さん!」
「あらぁ! ごきげんよう、桐島さん。……今日もお加減が悪いようですわね?」
「いや、割と体調良い方だけど」
「……なるほど。コンディションが悪くても後輩のために頑張るその姿勢! さすがは副会長なだけはありますわね! お見事ですわ!!」
普通に立っているだけで褒められた俺。
素直に喜んで良いのか。多分ダメだと思う。
「桜子さん、用意ができました」
「ありがとうございますわ、大和さん! ああ、紹介しておきますわね。こちら、あたくしの応援人を務める、
金髪の縦ロールさんが、すげぇ和風美人を連れとる!!
これが国際交流……!!
「大和です。よろしくお願いします」
「先輩! 大和さんは弓道部の次期主将候補なんですよ!」
「おお、そいつぁすごいなぁ! よろしく、大和さん!」
「いえ、そんな
大和さん、なんだかクールな女子である。
「気を悪くしないで下さいまし。大和さん、面倒見が良いのですけれど、少し人見知りするのですわ。でも、編入したあたくしに真っ先に声を掛けて下さったの!」
嬉しそうに大和さんの事を話す上坂元さん。
なるほど、2人の絆は強そうである。
やはり選挙戦、楽勝ムードではなさそうな気配。
「今日もお互いに頑張りましょうね!」
「ええ! 冴木さん! ……桐島さん、これ、よろしかったら。おミニッツメイドですわ。具合が悪くなられたら、すぐに横になるのですわよ?」
なんとなく、彼女の中で俺は要介護者として扱われている旨を察する。
あと、ここで横になったら泥だらけになりますわよ?
「やや! 冴木さんに上坂元さん! どうもぉー! 黒木でぇーす! 今日もシクヨロでぇーす!」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「ええ。よろしくですわ」
「ふぅぅぅ! クールな態度がたまんないっすねぇー! それがまたキュート!!」
「あ、はい。ありがとうございます」
「ええ。お気になさらずですわ」
黒木くん。メンタルだけは全国クラスの
すごいな。こんな塩対応されて。はあはあ言ってる。
俺なら落ち込むのに。この子、興奮しとるよ。
「……副会長先輩。ちーっす。あ、ちょっと邪魔なんでぇー」
「ゔぁあぁあぁあぁあぁぁっ! 桐島ぜんばぁぁぁぁぁい! 危なぁぁぁぁい!!!」
「あぎゃあぁぁぁぁぁっ」
えー。お知らせいたします。責任審判の桐島です。
たった今、黒木くんが俺に絡んでいると勘違いした鬼瓦くんによって、事故が発生しました。
事故と申しましても、鬼瓦くん登場の際の風圧で黒木くんがすっ飛んだだけです。
接触事故ですらありません。
「……はて? 今、桐島先輩が詰め寄られているように見えたのですが。誰もいませんね」
「おう。心配ありがとう、鬼瓦くん。もう、なんかすっ飛んで行ったから」
「冴木さん、浅村先生から踏み台を借りてきました。どうぞ」
「わぁー! ありがとうございます! 鬼瓦くん、やりますね!」
「上坂元さんも、よろしければ。2つあったのでお持ちしました」
「あらぁ? よろしいんですの? あたくし、敵陣営ですのよ?」
「選挙では敵でも、同じ学園の仲間ですから。ご遠慮なくどうぞ」
鬼瓦くんは、この1年で学んできたことを振り返るように、静かに答えた。
「これがあたしたちの生徒会です! さあ、今日も正々堂々と戦いましょう!」
「おーっほっほ! その姿勢、お見事ですわ! ……桐島さんも、ご無理なさらず。これ、おミニッツメイドのおかわりですわ。踏み台のお礼に」
俺に2本目のおミニッツメイドをくれた上坂元さんは、高笑いと共に去って行った。
「よし! そんじゃ、始めるか!」
「はい! 頑張ります!」
「鬼瓦くん。頼む」
鬼神の咆哮には、多くの効能がある事がこれまでの生活で分かっている。
かつて、開戦を告げる際には、太鼓や
一見すると全く関係のないように思われる2つの事実。
掛け合わせると、街頭演説の号砲に変わる。
「ゔあぁぁあぁあぁぁああぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁあぁあぁぁぁぁっ!!!!!」
まだまばらな登校する生徒たちが、「あ、始まった!」と駆け足で校門をくぐって来る。
そして、花梨はそんな彼らを笑顔で迎える。
「おはようございます! 皆さん、今日も元気に過ごしましょう! もしお時間に余裕がある方は、あたしのお話を聞いて行って下さると嬉しいです!」
花梨の武器は何だろう。
整った顔。バツグンのスタイル。なるほど、確かにそうだ。
凛とした声。堂々とした態度。うむ、それも大切。
「本年度の生徒会も力を入れて来ましたが、あたしが会長に指名された時には、部活動の応援にも力を入れて行きたいと思います! わぁー、ご声援ありがとうございます! あ、サッカー部の方ですよね? 来年は目指せ全国ですよ! 文芸部の方も! 次の会報、楽しみにしてます!」
俺が思うに、花梨の一番の武器は、相手の目線に立てるという事。
前向き、後ろ向き、積極的、消極的。
どんなタイプの生徒にも、そっと寄り添い、まずは同じ目線でものを見て、それから「ではどうしましょうか」と考える。
天海先輩はかつて統率力で学園をまとめた。
毬萌はカリスマ性で生徒たちの目を惹いた。
花梨にはそのどちらも素養はあるが、際立っていない。
そこに生まれる親しみやすさ。
「鬼瓦くん。花梨、上手くやっていけそうだな」
「はい。なにせ、桐島先輩を一番近くで見ていましたから」
「おう? なんか知らんが、俺、褒められてる?」
「ゔぁい! 敢えて語りませんが、先輩のそういうところだと思います」
「皆さん、まだ寒い日もあるので、体調管理には要注意ですよ! 特に女子の方、寒い時は先生に申し出て下さい! 意外とご存じないようですけど、スカートの下にジャージを履いても良いんです! あ、でも、教室の中でだけですからね! そのままの恰好で駅前とか歩いちゃ嫌ですよー!」
「あははは」と笑いの絶えない街頭演説。
ふと視線を横にスライドさせてみると。
「大和さん、あたしくたちも負けていられませんわね!」
「そうですね。上坂元さん、声を出して行きましょう」
「ええ! 皆さま! こちらでも会長候補が喋りますわよ! あたくし、自由な校風と現生徒会からの脱却を掲げておりますの!!」
敵陣営にまで波及する、花梨の親しみと温もりを内包した空気。
花梨が頑張れば頑張るほど、上坂元さんたちも元気になるのは考えものだが、彼女の目指す生徒会長に敵なんてものは存在しないようである。
黒木くん?
なんか知らんけども、植え込みに頭から突っ込んで始業のチャイムまで動かなかったよ?
春だからね! しょうがないね!!
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