第370話 撤収作業と後夜祭の合間
「さすがですね、公平先輩!」
「そだねーっ! コウちゃん、やっぱり工作するの上手だよっ!」
屋台の片づけを始めて30分。
俺が褒められている。何故か。
屋台に使った資材は、可能な限り分解して、次の文化祭で再利用できるものと、汚れたり破損したりで戦力外にせざるを得ないものに分ける。
これが意外とどこも苦戦しているようであり、そこかしこから「もうヤダー」と嘆きが聞こえてくる。
そこで俺の設計した屋台である。
調理する部分と、そうでない部分を完全に分離した設計にしていたため、片付けが驚くほど捗った。
具体的には、ポテトを揚げるフライヤーの部分、はしまきを焼き上げるグリル部分、この2つは廃棄。
残った、陳列棚や作業台は、ばらして再利用ボックスへ。
ちなみに作業は鬼瓦くんが俺の指示のもとせっせと行い、そのスムーズな流れは、毬萌と花梨を魅了した。
そういう訳で、30分で片付けが終了。
俺たちは、生徒会室から持ってきたテーブルと椅子を運搬中。
「みゃーっ! コウちゃんのおかげで、ホントにすぐ終わったねーっ!」
「ですね! しかも、作業まで仕切って下さったので、あたし達、ほとんど何もしてませんし! 助かっちゃいました!」
「おう。そうかそうか。もっと褒めると良い!」
美少女な幼馴染と、可憐な後輩に褒められて嬉しくないヤツなんていない。
「ゔぁあぁぁぁっ! ……ふう。これで、すべて運び終えました」
「よいしょっ! みんな、自分の椅子を回収してねーっ!」
「はーい! あたし、テーブルにポットとかカップとかを戻しますね!」
万事手回しよく、俺たちは生徒会室をあるべき姿へと復元した。
え? お前は何してんだって?
運んでいたよ。パイプ椅子を。……一脚ほど。
だってさ、みんながやらなくて良いって言うんだから、仕方ないじゃないか。
邪魔になるから? ヘイ、ゴッド。君はゴッドなのに俺への慈しみが足りない。
「ふいー。やっぱ、生徒会室で茶を飲んでると、落ち着くなぁ」
運搬で戦力外通告を受けていた事を察した俺は、率先してみんなのために茶を淹れた。
名誉回復の機会は見逃さない。
「そう言えば、皆さんで食べようと思って、残しておいたものがあるのでした。こちら、りんご飴です。人数分確保しておきました」
鬼瓦くんによって、俺の回復した名誉が行方不明になった。
やめたって。鬼瓦くんと俺で勝負になる訳ないじゃん。
「やたーっ! あーむっ! んーっ! やっぱりうちのりんご飴はおいしーねっ!」
「……美味しいです。……けど、あたし、今日これで4つ目です……」
花梨さんから禍々しいオーラを察知。
鬼瓦くんとアイコンタクト完了。
よっしゃ、任せとけ。ここは俺が出る。
「でも今日は働いたからな! あれ!? 花梨、ちょっと痩せたんじゃねぇか!?」
「へぁっ!? ほ、ホントですか!?」
「おう、マジだって! なぁ、鬼瓦くん?」
「ゔぁい! ゔぁい!! ゔぁい!!!」
嘘である。
人が1日働いただけで目に見えて痩せたら、それは喜ぶことじゃない。
可及的速やかに水分と食い物与えて、それでダメなら点滴だよ。
とは言え、後輩の心を穏やかにする優しい嘘ならば、まあセーフにしておこう。
今日は祭だし。無礼講も、継続中ってことで。
「も、もぉー! じゃあ食べても平気ですね! 実は、動いたせいかお腹空いちゃってたんですよぉー! あ、鬼瓦くん、食べないならそれも下さい!」
花梨さん、ゴキゲンである。
俺が願うのは、家に帰って風呂上りに体重を計ってくれるなよと、その一点のみ。
「ゔぁあぁぁぁっ! 先輩の人心掌握術はやっぱり凄いです! ゔぁぁぁぁあぁっ!!」
「おいおい、よせよ鬼瓦くん! はは、胴上げするほどの事じゃねぇって!」
「ちょっとー。あんた達、暇ー? ……何してんのよ」
生徒会室に顔を出した氷野さんが、すこぶる
鬼瓦くんとキャッキャウフフって言いながら胴上げしてもらってました。
「あっそ。今ね、ちょっとキャンプファイヤーの薪組みに苦戦してるのよ。で、あんた達の手が空いてるなら、ちょっと手伝って欲しいワケ」
「大変だなぁ、風紀委員は。朝から晩まで働きどおしじゃねぇか」
「良いのよ。私たちも、当代の風紀委員として最大の企画だから、全員士気も高いし。最優秀店舗はあんた達に譲ったけど、祭の締めは風紀委員の見せどころよ!」
なるほど、そう言う事情なら、俺たちだって手を貸さない理由がない。
「おっし! みんな、最後にもうひと頑張りすっか!」
「あっ、桐島公平は頑張らなくて大丈夫だから」
「おう。そうか、俺に気を遣ってくれて?」
「ええ。気を遣い過ぎて、真意が伝わらなかったわ。私たちが求めてるのは、鬼瓦武三の腕力であって、あんたの腕が折れるシーンじゃないの」
オブラートに包んだら包んだで、結局中身出しちゃうんだね!
なるほど、こいつぁ辛らつだ!!
「じゃあ、ちょっとお宅の鬼を借りてくわね。ああ、桐島公平も思い出作りに、薪が組まれていくところを見学するくらいなら良いわよ?」
「ゔぁい! 生徒会を代表して、恥ずかしくない活動をじでぎばず!! ゔぁぁぁっ!!」
もう良いよ。
俺も静かにりんご飴しゃぶってるから。
「……おう? なあ、俺のりんご飴は?」
「みゃーっ……。知らないかな? わたし、よく分かんない!」
「お前ぇぇっ!! 食ったな!? つーか、今食ってるな! それ、俺んだろ!!」
「だってぇ! 花梨ちゃんが食べてるの見てたらわたしも欲しくなったんだもんっ!」
「それを正当な理由として認めると、世界から略奪行為がなくならねぇんだよ!!」
「あーむっ。んー。甘いっ! おいしーっ!」
「先輩、先輩! りんご飴って、この平べったい部分が美味しいですよね!」
「あーっ、分かるっ! りんごのシャリシャリした食感も良いけど、カリッとしたとこもおいしーよね! ね、コウちゃんはどう思う?」
「俺の判断材料を絶賛食ってるお前が、よく俺にお鉢を回して来たな!?」
ちくしょう。もう良い。頭に来たぞ。
「あれ? 公平先輩、どこか行くんですか?」
「おう。ちょっとその辺ブラブラしてくる」
「もぉー。毬萌先輩がいじわるするから、公平先輩がすねちゃったじゃないですかぁー」
「にははっ、これはわたしとしたことが! 失敗したのだっ!」
こうして俺は、日の落ちた学園をあてもなく歩き始めた。
拗ねてねぇし!?
中庭では、まだ多くの屋台が解体作業をしていた。
俺は彼らの邪魔にならないように、端の方を選んで歩く。
「お、副会長! お疲れ様でーす」
「おう。手ぇ怪我しねぇように、気を付けてな!」
「あれ? 副会長、ジャージに着替えちゃったんですか? ピコは? ピコ!!」
「うん。そりゃ着替えるよ! ピコは別に俺の趣味じゃないからね!?」
「えー。そうだったんだ。……じゃあ、女装をもう一回して下さい!」
「……ぜってぇ嫌だ」
そして、話しかけてくれた女子が、悲しい現実を俺に伝える。
「副会長の女装動画、めっちゃバズってますよ! これはファンが増えますね!」
「えっ!? ちょっ、まっ! まぁぁっ!! これ、学園内のグループラインとかだろ?」
「……え? 普通にTwitterとか、インスタとかですけど?」
これがデジタルタトゥーってヤツか。
ちょっとだけ見せてもらったら、本当に冗談みたいな数字がモリモリ増えていて、俺は軽い
……考え方を変えろ。一生女装しなければ、問題ないんだ。
自分に言い聞かせるとは、このようにすべし。
それにしても、祭の準備は楽しいが、祭の片づけもそれはそれで趣がある。
ただ、来年はこの輪に俺が混ざる事はないのだ。
もちろん、一般客と同じように、出し物や模擬店を楽しむことはできるけども。
そうか。
俺たちの文化祭は、終わってしまったのか。
思わず口から白い息が出て、すぐにそれがため息だと気付く。
もう今年の主だったイベントは終わり、年が明けたらすぐに生徒会選挙が待っている。
つまり、俺たち生徒会に残された時間は、結構短い。
ため息の原因は分かっているので、今度は何の考察もせず、もう一度息を吐く。
その白は、まるで俺の心みたいに、一瞬で消えてなくなった。
終わりが来るのは分かっていたはずなのに、この胸に去来する寂しさ。
こいつを克服する方法は、まだ見つけられずにいるのだから、実に困る。
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