第359話 心菜ちゃんと地獄の綿あめ工場

「はわー。あっちもこっちも、みんな楽しそうです!」

「そうだねぇ。心菜ちゃんには珍しいのかぁ。よし、ちょいとグラウンドの方を歩いて行こうか。少し遠回りになるけど」

「はわっ! 良いのです!? 兄さまと一緒にデートできて嬉しいのです!」



 はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!



「副会長じゃないっすか! 申請の時はお世話になりました!」

 俺が一人でウルトラソウルをキメていると、暗闇の中で声がした。

 どうして暗闇の中なのかと言えば、瞳を閉じているからであり、どうして瞳を閉じているのかと言えば、開けば涙で溢れるからである。



 幸せ! 俺は今、幸せだ!!



「兄さま、呼んでるのです! 兄さまー」

 あああ、俺の腕をグイグイ引っ張る心菜ちゃん、可愛い。

 そうか、そう言えば誰かに呼ばれていた。


「おう。君は確かサッカー部の。ええと、ごめんな? 名前聞いたっけ?」

 俺の不躾な態度に、彼は「ははは」と軽快に笑い、「いえいえ」と続けた。

「書面に書いてあっただけですから! 自分、サッカー部のキャプテン、大空おおぞら羽太郎はねたろうです!」



 もう、なんか色々と惜しい!!



 相撲部と言い、何だろう、このニアピンと言えば聞こえは良いが、ギリギリでカップに嫌われたみたいな絶妙の名前は。

 ああ、いや、いかん。

 人様の名前にケチを付けるなど、俺の紳士道はどこへ行ったのか。

 そんな首都高速みたいに気軽に走ったり抜けたりして良いものではないだろう。


「どうですか? ちょっとやっていきませんか?」

「おう。……おう? ちょっと待ってね」


 記憶の糸をせっせとたぐり寄せる。

 確か、サッカー部の出し物は『ボールは友達ゲーム』と呼称する、ボールに空気入れ散らかして破裂させたらクリアと言う素っ頓狂なものだったはずだ。

 そして、その書類は氷野さんによって紙吹雪になった。


「君ら、審査通ったんだ?」

「はい。風紀委員長から不備があると指摘されて、新たに申請し直しました!」


 ああ、なるほど。

 氷野さん、あの後ちゃんとアフターフォローをしてあげていたのか。

 彼女も孤高のアマゾネスとして男をなます切りにしていた春先から、本当に変わったなぁ。


「じゃあ、ちょっと寄って行くか。心菜ちゃん、ゲームだってさ」

「むふーっ! 心菜、ゲーム得意なのです!」

 うん。ドヤ顔心菜ちゃん、可愛い。


「妹さんですか? 可愛いっすね!」

「俺のじゃないけどね。さるお方の大事な妹だよ」

「じゃあ、説明しますね! ボールは友達ゲーム改は、あそこに吊るされたサッカーボール目掛けてシュートをして、当たったら景品をあげる趣向です!」



 友達が人質みたいになってる!!



 いや、まあ良いか。

 当初の友達を破裂させる発想を考えると、随分マイルドに仕上がったと思おう。


「心菜ちゃん、シュートできる?」

「むふーっ! やってみるのです!」

 ここで俺は、心菜ちゃんの服装を確認。

 ショートパンツに二ーソックス。絶対領域が眩しくて溶けそう。


 違った。そうじゃない。

 スカートでないなら、万が一にアレがナニする事もなさそうである。

 心菜ちゃんのアレがナニした日には、俺がその場にいた者を撃ち殺さなくてはならなくなる。


 その後? 俺が死神に命を刈り取られて終わりだよ?


「それでは、チャンスは3回! 頑張ってね!」

「兄さまはやらないのです?」

「おう。俺ぁね、本気出すと、ナニがアレして、うん。心菜ちゃんを見てるよ」

「はわわ! 頑張るのです!!」


 心菜ちゃん、助走を付けてシュート。

 惜しくもボールの間をすり抜けるも、角度はバッチリ。

 さすが、スポーツ万能な氷野さんの遺伝子が生きている。


 2回目も惜しいところでボールがカーブ。

 心菜ちゃん、悔しそうである。

 「これ、3回目も外れたらいちゃもん付けよう」と決意していると、ワールドカップの時に流れる音楽が大音量で響いて驚いた。


「おめでとうございまーす! 三等の、キャンディー詰め合わせです!!」

「兄さまー! やったのですー!!」

「おう! すごいな、心菜ちゃん!!」

「いえーいなのです!」

「おう。いえーい!」


 多くは語るまい。

 俺が心菜ちゃんと交わしたハイタッチは、俺が人生を終える時の走馬灯で一番良いところに配置される事が決まった。

 そして、貰った飴を食べないのかい? と聞いたところ、「あとでみんなと分けるのです!」と笑顔で答える彼女の清らかな心に俺はむせび泣いた。



「おっし。ここだよ。お姉さんたちがお店やってるところ」

「被服室なのです! 心菜の学校にもあるのです!」

「そうかぁ。中身も一緒か確認してみような。お邪魔しまーすえええんっ!!」


 凄まじいミントの香りが、鼻を刺激した。

 鼻の奥を鈍器で殴られたのかなと錯覚するくらいの強烈さ。

 俺は、何を置いてもまず、被服室の窓を一つ残さず全開にした。

 薬物テロの可能性があったからである。


「あら、桐島ピコ平じゃない。どうしたのよ、血相変えて」

「お、おう。えふぁっ……。いや、ちょっと空気が淀んでたもんで、つい」

「そうね。適度な換気は大事だわ。気が利くじゃない」


「姉さまー! 心菜、来たのですー!!」

「まあ! どうしてここが分かったの!?」

「公平兄さまに連れてきてもらったのです!」

「そうなの! 驚いたわ! 来るなら来るって言ってくれたら良かったのに!」

「はわわ! 姉さまをビックリさせたかったのです! 作戦成功なのです!」

「まったく、もう! 見事にしてやられちゃったわね! うふふ」


 微笑ましい姉妹の対面である。

 それを眺めていたら、俺の足が突然掴まれた。

 マドハンドかな?


「ふ、ふくかいちょう……」

「あれ!? 松井さん!? どうしたの!? 具合悪いのか!?」

「と、止めて下さい。氷野先輩、を……」


 よく見ると、そこら中に風紀委員が倒れている。

 彼らの模擬店、お化け屋敷だったかしらと思い、ぬしに確認を取る。


「氷野さん? ちなみに、風紀委員会は何をやっておいでで?」

「あら、言ってなかったかしら? 綿あめ屋台よ!」



 どうして綿あめで負傷者が!?



「ほら、風紀委員の中にこれ持っている子がいたのよ。綿あめ作るヤツ。ご両親が昔、縁日とかで屋台してたんですって」

「おう。そうか。それで、フレーバーがちょっとアレなのかな?」

「良いところに気付くじゃない! 普通の味じゃ面白くないと思って、フリスクを粉末にして、そこにブラックミントのタブレットを加えてみたの!!」



 氷野さんのメシマズは俺の管轄外だから!!

 あーあ、やっちゃった、みたいに俺を指さすな! ヘイ、ゴッド!!



「やっぱり、アレンジしてなんぼ、みたいなところってあるじゃない?」


 ないよ! 基本あってのアレンジだよ!!


「き、桐島先輩、助けて、下さい……」

「松井さん……!! そうだよな、心菜ちゃんに被害が及んでもいけねぇ。やれるだけやってみるよ」

「わ、私、先輩の事、好きになっちゃいそう……です……」


 フラグが立った?

 そうだね! 死亡フラグがな!!


「氷野さん、氷野さん。ミントも良いけど、甘いヤツも需要あるんじゃねぇかな?」

「えっ? ミントよりも!?」


 俺は専制君主制の闇を見た思いであった。

 頼りになるリーダーが先導する間は良いが、一度道を誤ったとき、誰も意見できないような組織体制ではいかん、と。


「こ、心菜ちゃん? わたあめ、甘いのと辛いのどっちが好きかな?」

「甘いヤツが食べたいのです!!」


「すぐに作るわ! 待っていて!!」



 そして、どんなに強固な専制君主制でも、天使の一声で瓦解がかいする。

 何の話をしているのかって?

 俺もよく分からなくなってきたけど、多分綿あめの味の話かな?


 綿あめってステキ。

 ちょっと紐解くだけで、社会形態にまで話が広がるんだもの。

 ステキを通り越して、いっそセクシーだね。


「兄さまー! 甘いヤツできたのですー!! 一緒に食べるのですー!!」

「はぁぁぁい!! いますぐ行くよぉぉぉ!!!」



 専制君主制?

 何の話をしとるのかね、ヘイ、ゴッド。


 今回は、心菜ちゃんと食べる綿あめは舌がとろけるほど甘いと言うお話。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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