第330話 山なんてどうでも良いけど昼飯がない!!

 山頂に、ついて気付いた、悲報かな。

 俺の弁当、玄関の脇。


 宇凪うなぎ市在住、高校二年生の桐島公平くんの一句でした。

 いかがでしょうか、先生。

 えー。そうですね。

 粗削りなところはありますが、悲壮感が伝わって来る感じは良いですね。

 周りがお弁当を食べ始めているのに、「忘れた」と言い出せない情景が目に浮かぶようです。



 ——やっちまった。



 頭の中で即席の短歌投稿コーナーを作って現実逃避するくらいに悲しい現実。

 あまりにも遠足が嫌で、現実から走って逃げたら弁当置き忘れてやがる!!

 バカ、俺のバカ!! クララもバカ! 俺はもっとバカ!! もう知らない!!


「あれ? 公平先輩、お弁当食べないんですか?」

「おうっ!?」

 花梨に気付かれてしまったか!?


 ここで最も避けるべきは「いやー。実は忘れちまってなぁ」からの「じゃあ、あたしのお弁当分けてあげます」のパターンである。

 もう、安定感の半端ないヤツ。

 そして、致死率がすげぇ高いヤツ。


「お、おう。あの、まだ俺、胃が飯を受け入れねぇって言うか、な!」

 俺は奇跡のファインプレーで死亡ルートを回避。


「そうだったんですか。せっかく、磯部さんが作ってくれたお弁当があるんですけど、それじゃあ無理ですね……。残念ですー」



 ぬかったぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!!



 そっちのアレがナニするパターンもあるのか!!

 何たるミステイクであろう。

 せめて、花梨のむちゃくちゃ高そうな重箱が開くのを待つべきだった。

 ほら! 見て! 伊勢海老がいるよ!! その横には海苔巻きが!!

 中に入ってるの、絶対キャビアじゃん! 食った事ないけど!!


「あ、松井ちゃん! 一緒に食べますか?」

「えー、良いの? 冴木さんのお弁当って時々すごい豪華な事あるよねー!」

「普通ですよぉー。はい、この何とかってブタさんのソテー美味しいですよ!」

「わぁ! ありがとう! はむっ……んん、美味しい! すごい、プロが作ったみたい!」


 プロが作ってんだよ!!


「あ、副会長! こんにちは! 具合は大丈夫ですか?」

「え? ああ、おう、そういやぁ、平気になっ」

「それが公平先輩、まだ本調子じゃないらしくて、ご飯食べられないんですよ」

「えー! 大変じゃないですか! 残念ですね、こんなに美味しいのに……」


 逃がした魚のデカさを思い知る度に、なんだか泣けてくる。

 俺は、「ちょいと花ぁ摘んでくらぁ」と、この場を離れることにした。

 何故って? お腹の虫が大合唱しそうだからだよ?

 知ってて聞く、そういうところ、俺ぁ嫌いだな。ヘイ、ゴッド。


 俺は方針を転換させるべく、積極策へ打って出ることにした。

 毬萌に何か恵んでもらおう。

 あいつになら、少々恥ずかしいところを見られても平気だし、毬萌だって俺の恥ずかしいところなど見飽きているだろう。


「あーっ! コウちゃん! どこ行ってたのーっ!?」

「おう、それがなぁ、俺ぁ弁当をえええええええんっ」


 てめぇの両頬を張ることで、どうにか言葉の流出をストップさせた。

 これは、もはや奇跡を超えた運命と言う名のディスティニー。


「あら、いやしいわね。あんたも毬萌のおはぎを狙って来たんでしょう?」

「おは……ぎ? ……お、おう。いや、違う! 全然違う! 腹減ってないからね!!」


 やっぱりその泥だんご、食い物だったのか!


「にへへっ! マルちゃんとね、約束してたんだー! お弁当作り合いっこしよーって! コウちゃんも食べるー? マルちゃんのお好み焼き!!」

 そのアイアンマンの心臓みたいなの、お好み焼きなんだ。


「も、もう! あんたが食べたいなら……べ、別にあげても良いわよ!?」



 なんで今日に限って氷野さんがツンデレヒロインみたいに優しいんだよ!!



「わたしたちのお弁当のテーマは黒なのだっ! んっとね、おはぎのあんこに、ごはんですよとチョコボール入れたの!!」

「私はお好み焼きにごはんですよとイカ墨、それからソースはあえてチョコレートソースにアレンジしてみたわ!!」


 ごはんですよの存在感が凄まじい。

 俺は白いご飯とご飯ですよを所望しているのであって、最終戦争に使う兵器は求めていないのだよ。


 と言うか、毬萌。

 俺、普段から焼きそばとか作ってあげてんじゃん!

 正しい食育をほどこして来たはずなのに、なんでそのダークマター普通に食ってんの!?

 それじゃあまるで、俺の焼きそばとアイアンマンの心臓が同じみたいじゃないか!!

 俺の焼きそば食って「おいしーっ!」と言うのと同じ表情でその物体を食うんじゃないよぉぉぉっ!!



 ……それはさて置き。逃げよう。



 俺は「ちょいと花摘んで来らぁ」と言って、そそくさとその場を逃げ出した。

 もはや、俺に残されたのは、架空のお花畑くらいのものである。


 え? 鬼瓦くんが助けてくれるパターンだろうって?

 甘いなー、甘い。そんなマンネリが許されると思うのか?

 何かいそのオチやってきたと思ってんの?

 で、鬼神しっかり。とかで締めるんでしょう?

 もうね、アレがナニするんだよ、色々と。


「あ、た、武三さん、胸板に、ご飯、付いてたよ?」

「はははっ。さすが真奈さん、よく気が付くなぁ! 助かるよ!」


 ね? ご覧のあり様だよ。

 鬼神しっぽり。



 とりあえず、水分でも取ろうと思い、リュックを開ける。

 ……スポーツドリンクだけなら売るほどあるのに。


 ポカリをチビチビやりながら、あの木の実は食べられるかしら、などと木の枝に止まった鳥さんを眺めていると、肩を力強く叩かれた。

 メジャーリーガーのハイタッチ並みの威力である。

 思わず振り向くと、そこには……。


「やあ! 何をたそがれているのかな! 我が敬愛すべき後輩! 桐島くん!!」

「失礼いたします。なにやら、桐島くんが困っていそうな電波をキャッチしまして」


 天海先輩と土井先輩が立っていた。

 手にはバスケット。中からは甘く良い匂いが漂ってくる。

 そして、当然のように鳴る、俺の腹。


「なんだ、桐島くん! お昼はまだだったのか?」

「あの……お恥ずかしい話なんですが……」


 俺は話した。

 尊敬する先輩方に、「てめぇの弁当忘れました」と。

 「しかもそれを言うのが恥ずかしくて、逃げて来ちゃいました」と。


「はっはっは! まったく、君と言う男も優秀なのに抜けているとは! まあ、そのくらいの愛嬌あいきょうがある方が、先輩としては可愛くもあるがな! さあ、これを!」

 俺の膝の上に、丁寧にラッピングされたパンが置かれる。


「僭越ながら、うちの天海が作りました、フレンチトーストです。手前味噌になりますが、冷めても美味しく食べられるよう工夫されております。よろしければ、ご賞味くださいませ。お口に合えば良いのですが」


 俺は、お二人に礼を言うのもそこそこに、天海先輩特製フレンチトーストにかじり付いていた。

 ほのかな甘さと濃厚なバターの風味、そして後味サッパリな食感。

 お世辞抜き、空腹下と言うシチュエーションも抜きで感想を言おう。



 むっちゃくちゃ美味い! 美味いぞぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!



「はっ!? す、すんません!! つい夢中で食っちまって!! し、失礼しました!!」

 恐縮する俺の肩をバチンと叩いた天海先輩は、更に包みをもう一つ。


「こんなに美味しそうに食べてくれるとはな! やはり桐島くんは、女子を喜ばせる素質があるようだ! 土井くん、油断していると私も桐島くんに惚れてしまうぞ!」

「それは困りましたね。桐島くんはわたくしの親しい友であり、愛すべき後輩ですが、同じくらい愛している天海さんを取られるとは、降参です」



 こうして、俺は地獄の行軍からの昼飯抜きと言う地獄から救われた。

 天海先輩と土井先輩、やはりお二方にはまだまだ敵わない。

 そして、俺は心のメモ帳にこう記載しておく事を忘れない。



 天海先輩、嫁力◎。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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目次 またの名をお品書き

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