第327話 公平(故障中)と会長代理
「先輩! ご決断を!!」
そんな「殿、ご出陣を!」みたいに言わないでおくれよ、鬼瓦くん。
分かっているとも。
問題は山積み。
ならば、緊急性の高いものから処理していくのが定石。
「花梨。今日の集会って何すんだっけか?」
そんな事もしらねぇのかって?
知らないんだよ! 別に、サボってた訳じゃないわい!
俺は書類作成チームに回ってたの! 鬼瓦くんと一緒に!!
「ええと……。あの、公平先輩、言っても平気ですか?」
「えっ、ヤダ、何その前振り、怖い! や、やっぱり、聞かねぇ方向で!!」
俺は両耳を両手で塞ぐ。
これは桐島公平の完全防御システムの一つであり、この形態に移行した俺の聴覚はほぼ遮断されるのだ。
「桐島先輩、失礼します」
「ゔぁあぁあぁ! ヤメてー! 両手を無理やり剥がさんとってー!! 折れるー!!」
「公平先輩、それじゃあ、言いますね?」
おい、なんだ二人してそのコンビネーションは!?
いつの間に身に付けたんだ!?
褒めてあげるから俺を離して! そして放して!!
「まず、生徒会長の挨拶が10分。そのあと、セッスク先輩の日本体験記の聴き役をしてから、学園長のお話と、教頭先生のお話があって、さらにに遠足についての伝達です。最後に11月のスローガンを発表して、おしまいですね!!」
平野レミの「教える気ねぇだろ」と思わざるを得ない料理コーナーの説明くらいに難解であった。
まず俺は、その現実を飲み込むために、一杯のほうじ茶を欲した。
ごめん、やっぱりミロにする。
この現実はミロくらい甘い飲み物でなければ飲み込めそうにない。
「花梨。花梨さん。花梨さま」
「え!? や、ヤですよ、あたし! 先輩、見損ないました!!」
まだ何も言っていないのに見損なうとは酷いじゃないか。
「見損ないついでに、ここはひとつ、な? 毬萌と一緒に進行表作ってたろ?」
「もぉー。普段の頼りになる先輩はどこに行っちゃったんですかぁー」
いや、しかし、毬萌のおかげで俺の頭の中は正常に働いていないのだ。
働き方改革が必要だけども、そのための余剰エネルギーがない。
何より、俺、多分故障してる! 何となく分かるんだ!!
不慮の事態によりブレーカーが落ちてる! 分かるんだよ!!
「花梨! 頼む! 今回だけ! ちょっとだけだから! マジで、触るだけ!!」
「嫌ですー! いくら公平先輩のお願いでも、ダメなものはダメです!!」
何と言う毅然とした態度。
この子は将来、良い奥さんになるぞ。
「では、桐島先輩。お時間です」
「え、マジで? ノープランなのに? 嘘だろ、俺がやんの!?」
「僕たちも精一杯サポートしますから。行きましょう」
「司会進行はあたしが代わりますね!」
ここからが本当の地獄だ。
「あー。えー。今日はアレですね。朝学校に向かう途中に、空を見たらですね、なんつーか、アレですよ、うろこ雲が綺麗でしてね。あー、秋だなぁって」
俺は講壇に立って何の話をしているのか。
今回に限っては俺も知りたい。これ、何の話?
「副会長は、秋が深まってきましたが、皆さん体調管理は万全ですか、と言っています! 今日の副会長は少し疲れているので、大目に見てあげて下さい!」
「そう言えば、家で育ててるスナックエンドウがですね。ああ、スナック遠藤って言っても、あの、お酒飲む場所じゃなくてですね、はは」
「えーと、今のは、ジョークです! ザンビアではウケるんですけどー」
会場から一気に笑い声があがる。
花梨。花梨さん。
確かに俺も、自身が完調からほど遠いのは分かるけども。
今の発言で、俺はザンビアの大使か何かで、君は通訳みたいな空気になったね。
その後も、俺のノープラントークは明後日の方向へひた走り、花梨の的確な合いの手で笑い声の絶えない集会となった。
そうか、俺は間違っていなかったのか。
「どうもー! 皆のフレンド、マイネームイズ? オーウ! セックスです!!」
「ヤメろ! のっけからセックスするな!!」
「オーウ! コウスケ、いきなりそんな物騒なワードぶっこむのはノーね! まだお昼デース! そう言うのは、せめて日が暮れるまで我慢なサーイ!」
セッスクくんの日本体験記では、この日一番の大爆笑が起きた。
甚だ不本意である。
ちくしょう、ちょっと口が滑っただけなのに、わざわざ揚げ足取りやがって、このセックス野郎!
もうぜってぇスラムダンクの13巻から先、貸してやんねぇからな!!
「いやー! おじさん驚いたんだけど、神野さん、体調不良なんだってねー。桐島くんもそりゃあ穏やかじゃないよねー! おじさん分かるなー」
「いや、学園長。今日のお話、打ち合わせと違う……」
「分かる、分かる! 仲良いもんねー、二人! 付き合ってんのかな? かな?」
学園長のウザ絡みが本当にウザくて困る。
しかし、会場のボルテージはどんどん上がる。
俺が苦しむとみんなが楽しそうなのは、被害妄想かな?
「……桐島くん、君ねぇ。
落ち着け、冷静になれ、桐島公平。
今「目の前にいるハゲたデブにマイク思い切り叩きつけたら良い音がいるだろうなぁ」、なんて考えちゃいけない。
それは超えちゃいけないラインだ。
「まあねぇ? 悪い見本として、反面教師的な意味合いならば、君の愚かしさも役に立つかもしれないねぇ。君は卵落とさずにおうちに帰れるのかねぇ?」
野郎、ぶっ殺してやる!!
俺は、マイクを鎖がまの要領でヒュンヒュンと回す。
大丈夫、マイクの電源は切ってある。
けれども、これからとびっきりの音が響くから、みんな聞いてくれよな!
「き、桐島先輩!! ダメです!! 落ち着いて下さい!!」
「止めてくれるな、鬼瓦くん! 俺が正義の鉄槌を下してやるのだ!!」
「い、いけません! 冴木さん! 回して下さい、急いで!!」
鬼瓦くんが俺からマイクを奪い、花梨にパス。
ああ、俺の鎖がまが!!
「そ、それでは! これで、教頭先生のありがたいお話は終了とさせて頂きます!」
「ふん。冴木くんは少しモノの見方が分かってきたようだねぇ。来年、期待しているよ。将来性は抜群のようだからねぇ」
「あんの、くそハゲ!! 花梨をいやらしい目で見てやがる! 許さん!!」
「桐島先輩、冷静に! 僕の尊敬する先輩に戻って下さい!!」
「いいや、俺ぁもうマジだ! 停学覚悟でやってやらぁ!」
「先輩! 僕は尊敬する人を守るためならば、その方の肩を外すことも厭いません!」
とんでもないパワーワードが飛び出して、俺は一気にクールダウン。
まるで憑き物が落ちたかのように、冷静さを取り戻した。
行きたくもない遠足の概要を説明して、適当にスローガンをでっちあげる。
来月は『生きろ、そなたは美しい』の言葉のもと、皆で頑張る事となった。
「……死にたい」
心の底から湧いてきたセリフであった。
運動分野で醜態を晒すのには慣れているが、まさか政務活動でまで生き恥にまみれる事になろうとは。
もはや、俺のアイデンティティはどこにもないのではないか。
「みゃーっ……」
真っ白に燃え尽きた俺の視界に、アホ毛がぴょこぴょこ、こんにちは。
「お、お前!! もう大丈夫なのか!?」
「……うん。平気ー。に、にははー。ごめんね? コウちゃん」
俺は誓った。
今後はより一層、毬萌の健康状態の確認を怠らない事にしようと。
悔やまれるのは、その誓いにたどり着くまでに、余りにも多くの犠牲を支払った点である。
ほとぼりが冷めるまで、俺、休学しても良いかな。
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