第282話 花梨パパのよく分からない実態

「くくくっ。よく来たな。花梨ちゃんから連絡を受けて、会議を抜け出して来たわ! まずはフルーツジュースでも味わって、チョコでも摘まむが良い!!」


 なにゆえ貴方あなたは俺が紹介する前に出てくるのか。

 もうその笑い方の時点で、「今日は花梨の家からお送りします」って言えなくなるのだけども。

 そして最近よくお邪魔しているのに、その度に過分なお気遣い、痛み入ります。


「もぉー! パパはどっか行ってて良いって言ったじゃん!」

「えー! パパ、せっかく秘書にフェイントかけて会議抜けて来たのに! いいじゃん! 邪魔しないから! むしろ手伝うから!!」



 パパ上……。この人の秘書って、相当な外れ職業だなぁ。



「はわー! おじさま、今日もおじゃましてすみません、なのです!」

「あらー! 心菜ちゃん! どうしたのかなー? おじさんに会いに来てくれたのー?」

「あ、いや。そこでたまたま帰りがけの心菜ちゃんと出会ったもんで、せっかくだからと言う話になりまして」

 花梨がパパ上を無視して先に行ってしまうものだから、俺が代理で説明をば。


「くっくっく。やはり貴様は大した男よ! 仕事で疲れたワシの心に一服の清涼剤……! なるほど、これはたまらぬ! またやるようになったな!!」

「うっす。恐縮っす」

 花梨パパの応対も慣れたものになってきた。

 最初は縮み上がったんだけどなぁ。

 あれは何だったのだろうか。


「わーっ! 花梨ちゃんのお父さん、おっきいねーっ!」

「おう。そういやぁ、毬萌はお父さんと初対面か。あー、こいつは神野毬萌つって、一応うちの生徒会長やってます」

「よろしくお願いしますっ!」


 さて、ここで少しばかりパパ上の対応に興味がある。

 中学生以下の女子には無条件で軍人顔の仏みたいになる御仁ごじんだが、毬萌は俺と同じ、花梨の上級生。

 前回、氷野さんを連れてきた時には、この人率先して会話に打って出なかった記憶がある。


「…………ふんっ」

 おや、もしかして、俺と同じ対応なのか!?

 パパ上の対応基準は年齢で決まりか!?


「やだぁー! 君が噂の毬萌先輩!? おじさんずっと会いたかったんだよー! もう、なかなか来てくれないんだから! さあ、上がって、上がって! はい、スリッパ!!」



 おう。何となくそんな事だろうと思ってたけどな。



「にへへっ、おじゃましまーす!」

「毬萌ちゃんはフルーツ、何が好きかな? 今朝、たまたまきの良いパッションフルーツが手に入ってね! すぐに切り分けさせるから、食べて食べて!!」

 活きの良いパッションフルーツってなんだ。


「そんじゃ、俺もお邪魔します」

「くくっ、常に女子おなごを先に行かせ、自分は殿しんがりを務めるその態度! やはりワシの見立ては正しいようだな! あっぱれな男よ!」

 パパ上、もうその口調、俺の専用みたいになってきましたね。

 多分、外交状態の時もそうなんでしょうけど、最近ははっちゃける姿ばかり見ているので、かつてクルーズ船で拝見した雄姿を忘れてしまいそうです。



「勉強会の時に撮っておいた写真、持ってきましたー!」

「あーっ! ピザ食べてる時のヤツだ! あれ、美味しかったよねーっ!」

 合宿前に花梨の家で中間テストの対策会議をした。

 思えば、あの時がこの豪邸に足を踏み入れたファーストコンタクトであった。

 まさか、ここまで頻繁ひんぱんに通うようになろうとは。


「心菜もみんなとピザ食べたかったのです……」

 ちょっぴりしょんぼり心菜ちゃん。

 うん。可愛い。


「磯部ぇぇっ!! 大至急ピザを焼けぃ! マルゲリータ!? バカ者、もっと子供が喜ぶやつだ!! エビマヨとかにしろ! 良いな!!」

「かしこまりました。皆、緊急だ。石窯いしがまに火を入れなさい」

 ……石窯があるんだ。


「せんぱーい! 写真の加工、やってもらえますか?」

「おう。そうか、今日は鬼瓦くんがいねぇからな。任せろ。そんなに達者じゃねぇが、彼からコツは習ったから、そろそろ役に立てる気がする」

「やだぁー! 花梨ちゃん、パパは加工するの達者だよ!? デコっちゃうよ!?」

「もぉー! パパはあっち行ってて! 部屋の隅っこでルンバでもいじってて!!」

 ……この広さだと、何十台ルンバが要るのだろうか。


「心菜ちゃん、いつの間にか日焼けが治ったねーっ! お肌が白くなってる!」

「むふーっ。心菜、色白さんにもなれるのです!」

 得意げな心菜ちゃん、可愛い。

 だけどこんがり心菜ちゃんがいなくなって少し悲しい。


「日焼けと言えば、先輩、先輩! この写真もアルバムに載せます?」

「おう。どれだ? ああ、これはね、うん」



「ダメに決まってんだろう!?」



「えー! せっかく綺麗に撮れてるのにぃー!」

「いや、むしろいつ撮ったんだ!? あん時、俺たち二人だけだったろ!?」


 花梨が俺にこっそり差し出したのは、プライベートプールで水泳のレッスンをした時の写真であった。

 しかも、花梨さんが気合の入った水着をお召しになっていた時である。

 その花梨さんの手を引いているのが俺。

 さらに、よりにもよって、視線がやや、ほんの少し、ちょっとだけ、胸の方を向いているのが実によろしくない。


「これは、パパが撮りました!」

 パパ上……。いつも家にいるじゃん……。


「この写真はアレだ。俺らだけの秘密にしとこう。なっ?」

 こんなだらしのない表情の写真が漏洩ろうえいしたら、俺のイメージが瓦解がかいする。

 だが、花梨は俺の発言の別の所に引っかかった模様。


「ふ、二人だけの秘密って……! も、もぉー! 先輩、結構大胆ですよね!!」

 言われて気付く。

 確かに、そういう受け取り方もできるわね、と。


「じゃあ、これは先輩コレクションに戻しておきます!」

「おう。なにかな、その売れないソシャゲみたいな名前のものは」

「もぉー! 公平先輩との写真の収納ケースですよ!」

「……この時の写真だけで、ちなみに何枚くらいある?」

「んー。そうですねぇ。100枚はあると思います!」



 パパ上ぇ……。平日の昼間に何してますのん……。



「なあ、花梨のお父さんって普段、どんなお仕事してんの? ああ、差し支えなければ教えて欲しいんだけど」

「あたしよく知らないんですよねー。多分、普通の会社員とかじゃないですか?」



「絶対違う!!」



「くっくっく。未来の息子よ。少し避けるが良い。出来立てのピザで火傷をさせる訳にもいくまい!」

 噂をすれば、花梨パパ。

 両手に冗談みたいなデカさのピザを抱えてご登場。


「はーい! みんな、ピザが焼けたから、食べて、食べて!! おじさん切り分けちゃう!」

「わーっ! ありがとうございますっ! あーむっ」

「はわわー! いい匂いなのですー! おじさま、ありがとうですー!」

「あ、心菜ちゃん、熱いから気を付けて下さいね!」



 今日判明した事。

 花梨の家のピザ、クオリティが高すぎる。

 花梨が思いのほかパパ上に興味を持っていなさ過ぎる。


 分からなかった事。

 花梨パパの実態。なんだか怖いから今日は聞かないでおこう。



 この世の真理。

 エビマヨ、美味しい。

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