第278話 鬼瓦家と奇跡の1枚論争

「こんにちはーっ! んーっ、良い匂いだねぇ、コウちゃん!」

「おう。ホントにこの洋菓子屋独特の香りは中毒性があるな」


 本日もアルバム作りの一環である。

 今日のお留守番は花梨。氷野さんも手伝ってくれるらしい。

 鬼瓦くんは家の仕事により早く帰っていたので、俺と毬萌が出向く形となった。


 ちなみに花梨に「毬萌と二人で行ってきたらどうだ?」と打診したところ、「そうやって、公平先輩はまたあたしを太らせる気ですね!?」と叱られた。

 そして、現場に居合わせた氷野さんに「あ、あんたぁぁぁっ! ヤメなさいよ、マジで!!」とガチ目のトーンで重ねて叱られた。

 どうも、氷野さんは花梨のダイエット熱に対してのトラウマが形成されたらしかった。おいたわしや。


 その結果、俺と毬萌がリトルラビットを訪ねることに相成った。


「うぉぉん! 毬萌ちゃんとぉ、桐島くぅん! よぉく来たねぇい!!」

「ご無沙汰してます。鬼瓦くんって今、手は空いてますか? ああ、いえ、お忙しいなら待たせてもらいますんで、お気になさらず」

 パパ瓦さんが天空破岩拳てんくうはがんけんを使っているので、俺は遠くからご挨拶。


「あの武三に、こうして訪ねて来てくれる先輩ができるなんて……! お赤飯炊きましょうね、あなた!」

 ママ瓦さんもお元気そうで何よりです。

 失礼ですけど、お宅の食卓、ほぼ毎日お赤飯じゃありませんか?


「ああ! 桐島先輩! 毬萌先輩も! すみません、わざわざ来て頂いて!」

 噂をすれば、鬼瓦くんがやって来た。

「おう! こっちこそ、忙しいところごめんな!」

「やほー! 武三くん、お疲れ様だよーっ!」


「武三! こんのぉお菓子とぅ、飲み物を持って行けぇい!」

「うん。ありがとう、父さん!」

「武三! お赤飯はまだ平気?」

「うん。多分大丈夫だよ! 必要になったら言うから!」

 君んちの中でお赤飯がどういう扱いなのか、一度じっくり話を聞きたい。


「アルバムの個人ページも残すところ勅使河原さんだけになってな。そりゃあもう、鬼瓦くんの意見を聞かにゃならんだろうってことで」

「なるほど。だから学校ではなくうちで作業をするのですね」

「理解が早くて助かるぜ。勅使河原さんと鬼瓦くん、いっつも一緒だからな。彼女、目の前で写真選んだら恥ずかしがるだろ?」

「さすがは先輩! よく見ていらっしゃいますね!」

 鬼瓦くんが、マカロンと紅茶を運んできてくれる。


「真奈ちゃんの写真も、武三くんならいっぱい持ってると思ってさ! あーむっ」

「おいこら、毬萌。ちゃんといただきますをしなさいよ」

「んーっ! おいひーっ!!」

「……ごめんな、鬼瓦くん」

「何をおっしゃいます! この天真爛漫なところが毬萌先輩の長所ですよ!」

 相変わらずの心の広さ。

 鬼神ゆったり。


「あー。ところで、な。写真の前に、一つだけ聞いてもいいか?」

「はい。何なりと」



「その、手にはまってる巨大なメリケンサックは何だい?」



「ああ! すみません! 外し忘れていました! これは、天空破岩拳の一つ、『ごうけん』の修行用の道具なんですよ! 50キロほどあります。持ってみられますか?」



 持った瞬間俺の手首が多分ポッキリ逝くけど!? それでも勧めるのかい?



 鬼瓦くんがまた一つ人の壁を越えようとしている事はよく分かった。

「あ、こんにゃろう! 毬萌、お前俺のマカロン食ったろ!?」

「にへへっ! でもでも、抹茶味だったよ? コウちゃん嫌いじゃん!」

「鬼瓦家のお手製だったら食えるかもしれんだろうが!」

「ぬっふっふー。戦場ではスキを見せたら命取りなのだよーっ!」

 普段からスキだらけのお前が言うな。

 とりあえず、本題に入ろう。


「まあまあ、桐島先輩。おかわりをお持ちしますので。……真奈さんの写真ですと、この辺りがお勧めでしょうか」

 お勧めが100枚くらいあるんだけど、君、これはどういう事かね。


「にははっ! 二人はとっても仲良しさんだもんねーっ!」

「ええ! 僕にとって真奈さんは、切っても切れない縁で結ばれています! こんな親友、生涯で一人だけですよ!!」

「……Oh」

 まだ君は勅使河原さんを親友のカテゴリーに入れているのか。

 もう結納まで済ませたようなものなのに。


「ちょっとぉぅ、待ちねぇい! お二人さん、こいつをぅ、見てくれよぅ!」

 パパ瓦さんの乱入である。

 興味本位でプレイしていた格闘ゲームで筐体きょうたいの反対側に玄人くろうとっぽい人が座った時のような威圧感。

 さすがは大鬼神。


 パパ瓦さんの差し出した写真は、リトルラビットの制服を着た勅使河原さん。

 なるほどと一つ頷く俺に向かって、パパ瓦さんがウインク。

 風圧で写真がすっ飛んで行った。


「あら、あなた! それなら私だってとっておきがあるわよ!」

 ママ瓦さんも乱入。

 片手には炊き立てのお赤飯。


 ママ瓦さんが差し出した写真は、コック服で額に汗する勅使河原さん。

 なるほどと一つ頷く俺に向かって、ママ瓦さん、お赤飯をテーブルに。

 写真が下敷きにされた。


「すみません。父も母も、アルバムの事を伝えると、この写真が良いと言って聞かなくて……。ああ、ちなみに僕はこちらが一押しです」

 鬼瓦くんの差し出した写真は、ベッドに横たわった勅使河原さんの寝顔。



 ねえ、これどういうシチュエーションか詳しく聞いちゃダメかい?



 結果、三つ巴の争いの様相を見せ始めた鬼瓦一家。

 レジでお客さんが待っていますよ。

「はい! 以上で合計、1860円になります! ありがとうございましたっ!」


 そしていつの間にかお客を捌く毬萌。

 ヤツは知っているのだ。

 リトルラビットのお手伝いをすれば、お菓子を振舞ってもらえることを。


「武三! ここはぁ、父さんに譲るのがぁ、筋ってもんじゃあねぇのかぁい?」

「何を言っているの! 母さんの女性視点からの1枚が輝いているでしょう!」

「二人とも、僕が選ぶって言ってるじゃないか」


 この3人の論争に口を挟むには、相応の勇気が必要とされた。

 何故ならば、うっかり勢い余って暗殺拳を放たれるとも知れぬからである。

 しかし、体は貧弱でも、勇気は人一倍な俺である。

 そんな俺に、出来ない事などあるだろうか。



「あの、お三方。……全部載せたら良いんじゃないでしょうか?」



「ぶるぅぁぁっ! さすがは武三がしたう一軍の将だぁね! 父さん一本取られたよぅ!」

「本当に、さすがね桐島くん! 将来、うちで働いてみない?」

「桐島先輩の知謀にはいつも驚かされてばかりです! ゔあぁぁぁっ!!」



 真実はいつも一つ。

 勅使河原さん、鬼瓦家にむちゃくちゃ愛されているなぁ。

 その後、毬萌がお手伝いのご褒美にプリンを貰って、ニコニコ顔。


 帰り道。毬萌が言った。

「これで個人ページはみんなできたねっ! コウちゃん、お疲れ様ーっ!」

「おう。まあ、俺ぁ特に何もしてねぇけど」

「にへへっ、コウちゃんのそーゆうとこ、好きーっ!!」



 なに甘いシーンぶっこんできてんだって?

 だから俺ぁ土産にプリン貰わなかったんだよ、ヘイ、ゴッド。

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