第275話 心菜ちゃんと氷野さん進化論
毬萌が言った。
「マルちゃんのページも作ったげようよーっ!」
その意見に反対する理由は見つからない。
生徒会メンバーのページはとりあえず出来たことだし、ならば俺たちの仲良しグループ全員のページへと手を広げるのはもはや必然。
しかし、懸案事項がある。
ゴッドも知っての通り、氷野さんの初対面の頃を考えて欲しい。
剥き出しのジャックナイフよろしく、触れる男子をバッタバタと切り伏せていた時分である。
今でこそ、角もすっかり取れて丸くなったマルちゃんだが、一通り四月の氷野さんが写っているデータを見たところ、無視できない事実が浮かび上がった。
だいたい顔が怖いんだよね。九割くらい。
残りの一割? もちろん、クソ怖いよ?
夜中、テレビが勝手に『スクリーム』流し始めるくらい怖い。
良くてお漏らし。悪ければ心臓発作。
俺が恐れているのは、氷野さんがこの頃の自分を客観視して、進化の道を逆行したりはしませんか、と。
万が一そんな事になったら、目も当てられない。
ピンポン玉を眺めながら、「これ七つ集めたら、世界中の男、消せるかしら?」とか真顔で言い出しかねない。
そこで、選定委員に彼女を招集する事にした。
そのためのテレビ電話を昨夜の時点で既に済ませている。
内容はお教えできない。
俺の胸の中にそっとしまっておくべき宝物だからである。うふふふふ。
「兄さまー! 姉さまー! おいそがしいところおじゃまします、なのです!」
いやっほぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉおぉぉぉうっ!!
ああ、失敬。俺としたことが。
ついつい心の中でしたつもりのいやっほぉぉぉうが表面に出ていたね。
これは大変失礼をば。
天使の降臨である。
「心菜ちゃん、よく来たねーっ! いえーいっ!」
「いえーい、なのですー!!」
「……あの、公平先輩、何してるんですか?」
「決まっているじゃないか。ミロを淹れているのさ」
「……先輩の運動神経にあるまじき速さでしたけど? あたし、疲れてます?」
花梨が目をこすっている間に、ミロを心菜ちゃんの御前にお届け。
「はわー! 公平兄さま、ありがとうですー!」
「うん。いいの、いいの。俺、すっごくミロが飲みたかったからね!」
「みゃーっ……。コウちゃん、わたしのは?」
「そうですよ、先輩! あたしもたまにはミロが飲みたいです!」
「おう! そこにあるぞ! 瓶とカップは出しといた!」
「なんでぇー! いつも淹れてくれるのにぃ! コウちゃんのバカっ!」
「……ホント、公平先輩、そーゆうとこありますよね。……将来が心配です」
なにやらうちの女子たちはご機嫌斜めである。
まったく、年頃の女子は気難しくていけねぇな。
「心菜ちゃん、チョコパイをあげよう」
「わーいですー! 公平兄さま、優しいから好きですー!」
「んああぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁいっ!!」
「みゃーっ……」
「……はあ」
女子が俺を見る度にため息をつくのだけども、これって恋のサインなんでしょう?
ああ、嫌だなぁ、モテるって罪だなぁ。
本来ならば鬼瓦くんのスイーツでおもてなししたかったのだが、今日は彼が仕事で出張中なので致し方なし。
なんでもグラウンドに猪が出たとかで、退治しに行ったよ。
今晩のオカズはジビエだな。
とりあえず、心菜ちゃんのお姿を堪能した俺は、本題を切り出す。
俺と心菜ちゃんを切り離す本題なんて、本当は一生切り出したくないのだけども。
「と言う訳で、お姉さんの良い写真を選んで欲しいんだよ」
「はわー! 心菜が選んで良いのです?」
「うん。もちろんさ」
むしろ、心菜ちゃんが選んでくれないと困るんだよ。
死神ライダーの抗議に遭った上に、多分、猪の前に放り出されるから。
「写真はピックアップしておきましたよ! どうですか? 心菜ちゃん!」
「おお、花梨、グッジョブ!」
「ふーん。公平先輩なんて知りません」
急に当たりが強くなった花梨さん。ぶつかり稽古かな?
「心菜ちゃんの好きなマルちゃんを選んで欲しいなっ!」
「はわわ、せきにんじゅうだい、なのです!」
「ヒュー! エクセレント! ヒュー!!」
「みゃーっ……。コウちゃん、うるさい!」
急に態度が冷たくなった毬萌さん。ツンドラ気候かな?
まったく、年頃の女子は気難しくていけねぇな!
「心菜、この姉さまが良いですー!」
「おう、さすが心菜ちゃん。お目が高いなぁ」
そこに写る氷野さんは、颯爽としている。
確か、水泳部を覗こうとした男子を蹴り倒したところだったかしら。
「あとあと、こっちも良いと思うですー!」
「ああ、もう目の付け所からして違うな。おう」
そこに写る氷野さんは、堂々と胸を張る。
確か、毬萌をいやらしい目で見つめていた男子を粛正したところだったかしら。
そんな調子で、心菜ちゃんの大胆かつフレキシブルなチョイスで、氷野さんのページが埋まっていった。
そしてその時は訪れた。
「ちょっと、桐島公平! 鬼瓦武三が猪を失神させたから、保健所に連絡してくれる!? ……あら? 心菜!? どうしてここにいるの?」
「姉さまー! 心菜、公平兄さまにお招きされたのですー!」
いっけね。そこのところを隠匿すんの忘れてた!
でも、考えてみて欲しい。
天使の口を俺の様な愚民が塞げると思うか?
おう。つまりは、そういう事さ。ディスティニーだね。
「ふーん? つまり、私の写真を心菜に選ばせてたって訳ね?」
「うっす。その通りであります」
「私に直接選ばせなかった理由がある気がして仕方がないのだけど?」
「うっす。自分、バカなんで分かりません」
座して死を待つ俺の前に降臨するは天使。
「姉さまー! 公平兄さま、ミロとオヤツくれたのです! あとあと、姉さまの写真選ぶの、とっても楽しかったのですー!!」
「あら、そうだったの! それは良かったわね!」
死神ライダー、抜きかかった
「でもねー、マルちゃん! コウちゃん、すっごくデレデレしてたよっ!」
「そうです、そうです! もう、だらしない顔しちゃってました!」
お黙りなさいよ! せっかく話が綺麗にオチようとしているんだから!!
「……桐島公平。ちょっと手、出しなさいよ」
ああ、久しぶりのヤツだ。
これは多分、ブレスケアだな。展開的にも評価的にも。間違いない。
ファサっとひと房、何やら柔らかいものが。
「あの、氷野さん、これは……?」
「猪の毛よ」
仲良くなったと思ったとて、人間はどこまでも多角的な生き物である。
猪の毛を渡された意味が、サッパリ分からない。
話が全然オチてないけど、大丈夫かな? ヘイ、ゴッド。
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