第270話 衣替えと移ろう季節

 週が明けて月曜日。


「お前ぇぇっ! 久しぶりにやってくれたなぁぁ!!」

「だってぇー! 今日から衣替えってコウちゃんが教えてくれないからぁ!」

「言ったわい! 金曜の晩に確実に言ったわ! 生徒会長が衣替えミスるとか、ありえねぇだろ!?」

「でもでも、なんとか気付いて良かったねっ!」

「俺が、な!! しかもお前、なんでとくダネが始まってから気付くんだよ! 俺ぁめざましじゃんけんの時にゃ既にお前んちに居たろうが!!」

「……にへへっ」



 笑って誤魔化すんじゃないよ!

 可愛いけども! なんでも笑って誤魔化せると思ってたら大間違いだぞ!!



 現在、俺は毬萌の鞄を抱えて全力疾走中。

 今日から冬服だってのに、このアホの子は半そでのブラウス着て小倉さんと朝の挨拶をしていやがった。

 おばさんがクリーニングに出してくれていたから良かったものの、良かった点はそれっきりである。


 本日は朝礼が行われる。つまり、生徒会長の遅刻なんてありえない。

 後輩たちに朝礼は委譲いじょうしたんじゃないかって?

 さすがだな、ヘイ、ゴッド。よく覚えている。

 ただし、アレはあくまでも規模が小さく、負担なくこなせる場合という注釈が付く。

 今日の朝礼は一時間の大ボリューム。

 当然、現生徒会長である毬萌の管轄である。


「おい、毬萌、お前、おふぅ、スピーチのないよ、へぇ、あふん、内容、考えてんだ、ろうな!?」

「……にへへっ」



 お前ぇぇぇっ! いい加減にしろよ!!

 そのはにかみスマイル写真に撮ってアルバムの表紙にするぞ!!



 死にそうになりながら、校門を駆け抜ける。

「ふぅーっ! なんとか間に合ったねっ!」

「開場にはな! おま、お前、四月から、何も、成長してねぇ……」

「コウちゃんは成長したねっ! ちょっぴり学校に着くまでのタイムが縮んでるっ! えらい、えらいっ!」

「あ、頭を撫でるんじゃ、ねぇ! 俺の頭皮臭がうつったらどうする」

「えーっ? 別に気にしないよぉー。むしろ、ちょっと嬉しいかもだねっ!」


 誰かー。このアホの子を、体育館に連行してー。


「公平せーんぱい! おはようございます! えらいですねー!!」

「お、おう。花梨。……花梨さん、なんで、お、俺の頭を、撫でるのかね?」

「えへへ。毬萌先輩がやっているのが見えたので! 羨ましくなっちゃいました!」

「そ、そうか……。なっちゃったんなら、仕方ねぇな」


 こうなったら、鬼瓦くんに賭けよう。

 彼ならきっと、今頃会場の設営を風紀委員と手分けしてやってくれているはず。


「ゔぁあぁっ! こ、これより、ぜんごう朝礼ゔぁ、失敬。全校ぢょうでぇいをはじめばずので、す、速やかに、だ、だ、ゔぇんだぁぁ、体育館へゔぁつゔぁつまってってくゔぁざいください!! ゔぁあぁあぁぁあぁ生徒会からでした!!」



 なんで彼が放送してんの!

 しかも、久しぶりに唸ってるけど、かつてないほど酷いぞ!?

 後半、俺ですら何言ってんのか分かんねぇ!!



「か、花梨さん? なにゆえ鬼瓦くんを放送室に!?」

「だって、彼が今ならやれる気がする、とか言うんですもん!」

「やれてないよね!? ちょっと、お願いだから、助けに行ったげて!」


「もぉー。分かりました。あ、でもでも、公平先輩! ちょっと見て頂きたいものがあるんですよ! 緊急の案件です!」

「あーっ! そうだったね、花梨ちゃん! コウちゃん、これは必見だよっ!」


 何よ、このくそ忙しいのに、そんな重要な案件があるの!?

 分かった。副会長として、しっかり見させてもらおう。



「花梨だぜー!」

「毬萌だよっ!」

「「二人合わせて、生徒会シスターズ!!」」



 うん。



「えへへ、バッチリ決まりましたね、毬萌先輩!」

「だねーっ! 練習したかいがあったねぇー」

「二人とも。今のは、何だい?」

「えっ。公平先輩、物語シリーズってアニメご存じありません?」


 ご存じだよ。


「えっとね、その予告編をね、花梨ちゃんとやってみたんだぁー」


 見たら分かるよ。


「どうだったかな? 上手にできてたっ?」

「あたしとしては自信があります!」



 それ、今じゃないとダメかな!?



 半端ない時間の浪費をした俺は、毬萌と花梨の生徒会シスターズに不死鳥フェニックス手刀チョップをお見舞いして、放送室でしょんぼり瓦くんを回収。

「あー。こちら生徒会。これより朝礼始めますんで、速やかに体育館へ集まって下さい。つっても、慌てず、怪我にゃ気を付けて!」

 これで放送の訂正は大丈夫だろう。


「鬼瓦くん、元気出してくれ! とりあえず、体育館だ! どうなってんのか確認!」

「……ゔぁい」

 鬼瓦くん、陸戦モードに変形。

 その背中にまたがると、あっという間に目的地に到着。

 奥さん、一家に一台どうですか? 増産のあかつきには、ぜひどうぞ。


「ちょっと! 桐島公平! 生徒会役員が全員来ないってどういうことよ!」

 そこには、元気に風紀委員を従えて、完璧な準備をしている氷野さんの姿が!


「ああ! 助かった! さすが氷野さん! もう体の調子は大丈夫なんだね?」

「ちょ、ちょっと! 今、体の話はしなくてもいいでしょ!?」

「いやぁ、しかし、あんだけ参ってたのにこの週末で体調を戻すたぁ、さすがの一言だな! さすが氷野さん!! さすが!! さすが!!」

「分かった! 今日のミスは不問にするから! ヤメて、お願い!!」

 よく分からんが、氷野さんが頼りになる上に今日は優しい。



「みなさん、冬服の季節ですね! 夏服が恋しい気持ちも分かりますが、秋は楽しいイベントがたくさんです! 体育祭に文化祭、生徒会企画もありますので、過ぎた季節を惜しむよりも、きたる季節を歓迎しましょう!」


「会長、冬服も可愛いー!」「生徒会企画って何やるんですかー?」

「神野先輩、好きだー!」「マジで天使! 女神! 踏んで下さい!!」


 相変わらず、スピーチは完璧。

 そして毬萌によからぬエールを送った者は講壇こうだんの隙間から視認済み。

 顔と学年、それと名前。覚えたからな。


「えー。それでは、学園長のお話です。すみませんが、巻きでお願いします」

 ついに講壇の中で司会進行する日が来ようとは。

 冬服の上着を脱いできて正解だった。


 学園長にわざわざ「巻きで」とお願いしたのに、修学旅行の思い出を嬉々として語る良くないハッスルが発生。

 そうなると、教頭も黙っていない。

 予定外のスピーチが始まり、生徒が8人倒れた。


「以上で朝礼を終わります。セッスクくんの日本体験記は、時間の都合により後日延期とします。日時は決まってないっす! お疲れ様っした!」

 締めが雑?

 うるせぇ、こっちだって講壇の中に一時間半も潜んで限界なんだよ!



 こうして、俺たちが生徒会役員を拝命してから、順当に春が過ぎ、行儀よく夏が去って、手を振りながら秋が訪れる。

 いつものようにバカやりながらも、思い出のアルバムを埋めていこう。

 季節が巡っても、いやさ、季節が巡ったからこそ。

 俺たちの固い絆は、より頑丈になっているのだから。

 そうだろう? ヘイ、ゴッド。




 ——第四部、完。

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