第244話 花梨パパとよく分かるリスクヘッジ

「くくくっ。つまり、ジムにあったヘルスメーターを全て遠隔で操作していたという訳だ! これが、リスクヘッジと言うものよ!!」


 パパ上、冒頭でいきなり全部回収しないで下さい。

 こっちにも、段取りってものがあるので。

 どうするんですか、このあと。



 こちら、冴木家の超浴場おふろである。

 久しぶり、お湯を吐くマーライオン。

「くっくっく。貴様、背中の流し方が板についてきたな! その優しいバイブレーション、くくっ、慣れてくると気持ちが良いわ!!」


 ヤメて下さい、パパ上。

 この上、気持ち悪いこと言わないで下さい。

 ただでさえ段取りがめちゃくちゃなのに、エノキダケとアシモフが背中の流しっこなんてしていたら、もう大惨事です。


「姉さま、姉さま、泳いでも良いです?」

「せやな! 心菜ちゃん、水泳部やんな!」

「だ、ダメよ。お、うゔぉ、お風呂では、泳いじゃダメなの、うゔぉ」

 お口直しにこちらをどうぞ。

 巨大な風呂にはしゃぐ天使と天使の友達。

 そしてぐったりしている氷野さん。

 これじゃあもう二度とバイクに乗れないねぇ。


「せーんぱい! お背中流しましょうか?」

「ばっ! おまっ! 俺ぁせっかく気ぃ利かせてお父さんと隅っこにいるのに!!」

「平気ですよー。みんな水着じゃないですかー」


 まさか、俺が乙女たちと混浴しているとでも思ったのか?

 やだー。ゴッド、ちょっと心が汚れてるんじゃないのー?

 裸の混浴はもう、合宿で懲りたんだ。

 ただし、水着だから大丈夫とは言っていない。


「平気なもんか! 花梨、君はもっと自分の事を知るべきだ!!」

 例え水着だろうと、俺にゃあ刺激が強すぎるんだって。


「ええー? 先輩、みんなで海に行ったじゃないですか!」

「あん時は、水着を見るぞって覚悟があったからな! 今回は急過ぎるの!!」

「あー。そう言えば、初めて先輩とプールでレッスンしてもらった時も、すっごく慌ててましたね!」

 思い出したのなら、少し離れてくれないか。


「そういうことだから、花梨もみんなのとこに行きなさいって」

「良いじゃないですかー! あっ、ボディソープ取りますねー」

「ひぃやぁぁぁぁぁぁっ! あかんて、花梨はん! 背中にアレが当たっとる!!」

「あはは! ほんの一瞬ですよ?」



 時間の問題じゃねぇよ!!



 この瞬間、俺の心は全国に居る思春期男子とマッチングした。

 そうだよな、一瞬であろうと、アレがナニしたら、こっちがアレだよな。

 分かってくれるのか。ああ、嬉しいよ。


「お父さんも何か言って下さい! あなたの大事な娘ですよ!?」

 初めて俺のとこに花梨が家出してきた時は、地獄の閻魔えんま様のごとく怒ったじゃないですか。

 あの時の怒りはどこに行ったんですか。

 もっと熱くなってください。お願いします。


「くくくっ。若い仲ならば、熱情に身を任せることもあるだろう!!」



 パパ上ー。



 かつての威厳はどこへやら。

 もはや花梨のパパは、ただのおっさんである。

 見た目がいかつくて言葉遣いが荒いけど、中身はただの優しいおっさんである。


「公平兄さまー! 一緒にお風呂入るのですー!!」



 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!



 失敬。取り乱してしまった。

 紳士オブ紳士の俺としたことが、これはお恥ずかしい。

 しかし、天使が天に昇ろうと誘って来たのだから、それはもう取り乱す。

 いつもならブレスケア片手に迫って来る死神ライダーも、ずーっとジャグジーから動こうとしないでやんの。

 氷野さん、こういう時こそ君の出番なのに!!


「公平兄さん、なんでこないな隅っこにいるんです?」

 助けてー。天使が増えたー。


「はーい! 先輩、お背中流し終わりましたよ!」

 ええ、黙っていましたが、俺、花梨に背中流されていました。

 全国の思春期男子諸君、ごめんなさい。

 でも、決して裏切りとかそういうのじゃないから、マジで。


「なんや、体洗ってはったんですか! ほんなら、行きましょ!」

「いや、俺ぁ」

「公平兄さまー! 早くなのですー!!」

「はぁぁぁぁぁあっ」

 天使が俺の両手を引っ張るー。

 あらがえないー。誰かー。助けてー。



「あはは! 公平先輩、ちゃんと見て下さい! この、3キロ痩せた体を!!」

 ヤメて! そんな両手を広げてアピールしないで!

 マジで目の毒だから!!



 そして君、実は3キロ痩せてないからね!?



「兄さま、早く早くなのですー」

「せやで、兄さん! こないなお風呂、楽しまな損ですって!」

「はいはい、観念してください! せーんぱい!」

 俺は最期に、一縷の望みを託して、花梨パパを見つめる。

 花梨パパは「うむ」と一つ頷いた。


「くっくっく。まだまだ、リスクヘッジは甘いな! 未来の息子よ!!」



 違うんです。

 タイトル回収してくれって意味じゃないんですよ、パパ上。



 そのあと、極度のストレスにさらされた俺は、普通にのぼせた。

 記憶にあるのは、俺を抱きかかえる花梨パパの厚い胸板くらいである。

 俺の記憶フォルダに新しい胸板が増えた。

 いらんわい、そんな気色悪いもの!


「そ、それじゃあ、私たちは、し、失礼するわ。じゃあね、桐島うゔぉへい」

 氷野さんと中二コンビを乗せたリムジンが先発隊として出発。

 ちなみに、氷野さんは翌日学校を休んだ。



「くくくっ。また来るが良い! これは持って行け!!」

「公平先輩、本当に車を出さなくても良いんですか?」

 お土産のメロン片手に、俺は首を横に振る。


「ちょいと夜風に当たりてぇ気分なんだ。気持ちだけもらっとく」

 二人に頭を下げた後、俺はゆっくりと歩き出した。

 思う事はたったのふたつ。



 ひとつ。

 花梨の前で体重の話をする者を見かけたら、今後は容赦なく口を塞ごう。

 ふたつ。

 家に帰って早くメロンを冷やそう。

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