第243話 死せる氷野さんと既に死んだ公平 地獄の二丁目

「それでは、まずは準備体操から始めましょう!」

「はいですー!」

「分かりました! 頑張ろか、心菜ちゃん!」

 花梨を先頭に、中二コンビは元気ハツラツ。


「……ちょっと、あそこの怖い人って誰よ?」

「ああ、ありゃあ花梨のお父さんだ。なんか、財閥の偉い人」

「出会ってからこっち、あんた、どんどん化け物じみた交友関係を広げていってるわね……。普通、高校生がそんな人と繋がらないわよ!?」

「見た目と喋り方は怖いけど、話の分かるおじさんだよ」

「ていうか、どうしてあんたはそんなに落ち着いてるのよ?」

「氷野さん。死に装束に着替えた以上、何をしたって無駄なんだよ」

 そうとも、このトレーニングウェアは地獄の正装。

 介錯はパパ上がしてくれるさ。


「そこのお二人! ちゃんと柔軟して下さい! 怪我しちゃいますよ!!」

「おう! すまん! 氷野さんが話しかけてくるもんだから!」

「あんたぁぁぁっ! なにチクってんのよ!?」

「氷野さん、死を覚悟したって、少しでも楽に逝きたいじゃないか。今日の花梨のパートナーは、氷野さんだぜ?」

 何故ならば、俺は割と早いうちに倒れ伏せるから。



「それじゃあ、エアロバイクから漕いでいきますよ!」

 地獄のカーニバルが始まった。


「心菜ちゃん、それから美空ちゃんだね? おじさんと縄跳びしようか!」

「するですー! おじさん、おひさしぶりでございます、なのです!」

「うんうん。相変わらず可愛いねぇ! 美空ちゃんも緊張しなくていいんだよ?」

「ウチ、怖い人やと思ってたんですけど、おっちゃんええ人なんですね!」

「そうだよー? おじさん、虫も殺せないんだから!」


 パパ上。テラフォーマーズに出てきそうなキャラデザのくせに、そんな見え透いた嘘をつくのはヤメて下さい。

 そう言えば、どことなくアシモフに似てますね。


「ね、ねえ、冴木花梨? あんた、充分ステキな体してるんだから、無理して痩せようとしなくたって!」

「せんぱーい? 聞きました? 痩せてる人が言うと、嫌味に聞こえますよね?」

「おう! そうだな! 氷野さん、ひでぇことを言うな!」

「あんたぁぁっ! なんで普通に裏切ってんのよ!? いつもみたいに助けなさいよ!!」


 そいつはできない相談だぜ、氷野さん。

 何故ならば、今日の俺は、既にフルスロットルだからね。

 つまり、こうなる。



「あひゅん」



 エアロバイクを10分漕いだ辺りで、俺は床に転がり落ちた。

 いやはや、よく頑張った。

 こんなくそ重たいペダルを、よくもまあ漕いだものだよ。

 えらい、俺。すごい、俺。


 普段ならば、ここで花梨が慌てて俺を助けてくれるのだが。

 今の花梨さんは脂肪の燃焼以外に興味がない。

 つまり、エノキダケが死亡しようとも、脂肪を優先。


「パパ! 先輩が倒れたから、ドリンク飲ませてあげて!」

 かつてないほど雑な扱いである。

 それもこれも、全部脂肪が悪い。


「はーい! 花梨ちゃん、先輩のことは任せてねー!」

 ニコニコのアシモフが俺を回収。


「くくくっ。貴様、考えたな! 己の体力を使い果たせば、なるほど、苦しみは一瞬で済む! くくっ、かぶきよるわ!!」

 おっしゃる通り、適当にトレーニングに参加している事がバレると、花梨が烈火のごとく怒って非常に怖いのは把握済み。

 ならば、全力を一気に出して、早々に退場するが良い。


「さあ、マルさん先輩! 次は、二の腕を鍛えましょう!」

「はあ、はあ……。さ、冴木花梨……。あんた、充分、細い……」

「……マルさん先輩の方が細いですよね?」

「ひぃいぃっ」


 たった一言、それだけだった。

 「太った?」という失言が、氷野さんを地獄に落としたのだ。

 まったく、軽々に口を滑らせると本当に怖い。


「公平兄さまー! とくせいのどりんく、持ってきたのですー!」

 うん。可愛い。

 と言うか、心菜ちゃん。

 君までそんなピタッとしたウェアを着てからに。

 それはいかんよ。大変目に毒だ。


 今日は死神ライダーが地獄巡りに忙しいので、俺の目を潰しにかかる人はいなけれども、心菜ちゃんの豊満なアレからは、ちゃんと目を逸らした。

 俺は紳士だし、アレがナニするので、仕方がない。


 それから一時間。

 さらに一時間。

 もういっちょ一時間。

 どうやら、花梨が一応の満足を得たらしく、汗を光らせながら戻って来た。


「お疲れさん、花梨。すっげぇ痩せたんじゃないか?」

「えっ? 本当ですか? もぉー! 先輩ってば、あんまり見ないで下さいよぉ!!」

 あ、毒気が抜けている。

 いつもの花梨だ。


「わぁー! 先輩、先輩! あたし、3キロも痩せましたー!!」

 それはおかしいんじゃないかって?

 別に言ってもいいけど、死ぬよ?

 例えお前が神でもさ。ヘイ、ゴッド。


「おーい。氷野さん、生きてるかい?」

 何とかって言う、太ももを鍛えるマシーンと一体化して、ペルソナみたいな姿になっている氷野さんの元へ行き、ドリンク片手に救命活動。


「わ、私、決めたわ。……もう、2度と、冴木花梨の前で、た、体重の、話は、しないから。……うゔぉあ。むちゃくちゃ美味しいわね、このドリンク」

 氷野さんが酷い目に遭うパターンは珍しい。

 学園内でも最強格の彼女をここまで弱らせるとは。

 花梨の体重に対する思いの強さたるや、身の毛もよだつ恐ろしさである。



 3キロ減に成功した花梨さん。

 人は3時間で3キロも痩せるものなのだろうか。


 そんなわけあるかい。

 よしんば叶ったとして、絶対に体にとって良くないのは明白。

 ならば、花梨さんが見たのは幻なのか。


 その答え合わせが、これより始まる。

 答え合わせなどと勿体付けるには、あまりにもチープなトリックである。



「くくくっ。未来の息子よ。風呂の用意が整っておる! 参るぞ!!」

 まあ、その話は、汗を流しながらゆっくりとしようじゃないか。

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