第242話 続・花梨とダイエット 地獄の一丁目

「ど、どないなっとるんですか!? えっ、これ、全部が花梨姉さんの家ですか!?」

 美空ちゃんのリアクションが新鮮である。

 入口が分からずに泣きべそかいていた氷野さんが遠い昔の事のようだ。


「美空ちゃん、世の中にはね、色んな人がいるんだよ」

「こんなお城みたいな家、ウチ、見た事ないです!」

「奇遇だね。俺もここしか知らないよ」

 せめて、中二コンビは逃がしてあげたかった。


 氷野さんの不用意な発言によって、ダイエット熱が山火事起こすレベルに燃え盛った花梨さんである。

 彼女はスマホで短い電話をすると、数分で冗談みたいなリムジンの登場。

 そこに有無を言わさずに押し込まれたのは俺。


 心菜ちゃんは過去にこの車に乗った経験があり、「心菜も行きたいですー」と無邪気にはしゃいだので花梨が笑顔でお出迎え。

 そうなると、美空ちゃんも付いてくるのは自然な流れ。

「ちょっ! あんた、なんで私を引っ張るのよ!! なに、ちょっと、怖いんだけど!?」

 俺は渾身の力を掘り絞って、氷野さんも巻き込むことに成功。

 ふふふ、こうなったからには、逃がさないよ。



「みなさん! ダイエットをしましょう!!」

 そして、カプセルコーポレーションのトレーニング室みたいなジムに再臨する俺。

 できれば、ここには二度と来たくなかった。


「えっ? なに、ここ? ちょっと、やだ、私何させられるの?」

 ようやく事の重大さに気付いた氷野さん。

 俺は彼女にだいたいの事情を小声で伝えた。

 これから行われる事もしっかりと付言。


「はあ!? あんた! 私が失言したんなら、どうにかフォローしなさいよ!!」

「そんな無茶な」

「あんた、人のフォローさせたらもといちを目指してるんでしょ!?」

「目指してないよ……。あ、花梨が体重計に乗った」

「……そうね。……えっ? なに、ちょっと、黙んないでよ、怖いから!!」

「始まるんだよ。……地獄がね」

 俺はもはや諦めの境地に達していた。


 それでも足掻く氷野さん。

 花梨に駆け寄り、必死の説得を試みる。

 そりゃあ、そうだ。

 こんな満腹の状態で、地獄のトレーニングなんてしたいヤツはいない。

 いたらそいつは変態だ。

 近づかないが良かろう。


「さ、冴木花梨! あんた、そんなにスタイル良いんだから、無理なダイエットなんてしなくても平気よ!」

「……マルさん先輩、手足がスラっと長いですよね?」

「えっ? いや、そんなことないわよ?」

「……過剰な謙遜けんそんって、嫌味に聞こえちゃったりしません?」

「ひっ」

 氷野さん、いつになく怯えた表情で俺の方を見る。

 助けに来いと呼ばれているようだ。

 行きたくないなぁ。行くけども。


「なあ、花梨! 俺ぁ、女子はちょいとふっくらしてるくらいが良いと思うぞ!」

「……えへへ。……あたし、ふっくらしてます? せーんぱい?」

「……Oh」

「桐島公平ぃぃぃっ! あんたぁ! バカなんじゃないの!?」

 俺のフォローが悪かったのは認めるが、無駄なんだよ、氷野さん。

 この、瞳から光が消えた花梨さんには、何人たりとも太刀打ちできないの。

 知っているのだもの、俺。


「さあ! 早速、トレーニングウェアに着替えましょう!」

「……おう」

「ちょっと、何諦めてんのよ!? あ、待って、冴木花梨! 引っ張らないで!」

 花梨さんに連れられて、氷野さんが更衣室へ。


「美空ちゃん、心菜たちもお着がえするのですー」

「よう分からへんけど、楽しそうやね! 行こかー!!」

 そして地獄に飛び込む天使たち。

 彼女たちだけは守らねばと心に誓って、俺も更衣室へ。



「くっくっく。よく来たな、貴様ぁ!」

「あ、どうも、お父さん。今日もお帰りだったんですね」

 花梨のパパ上が更衣室で待っていた。

 もしかして、俺が入って来るのを待ち構えていてくれたのだろうか。


「くくくっ。先ほど、花梨ちゃんから先輩たちを連れてダイエットするから! と電話があってな! チャーター便で急ぎ帰宅してやったわ!」

「お元気そうで何よりです」

「くくっ。貴様も壮健なようだな! ふんっ、こんなに良いことはない!!」

 そこで俺は閃いた。



 そうだ、パパ上と結託しよう。



「お父さん、これからまた、地獄のダイエットが始まるんですけど」

「くっくっく。みなまで言わずとも良いわ! ワシは、そのためにここに来た!」

 すごく頼もしい!

 頂上決戦に颯爽と現れたシャンクスみたい!!


「じゃ、じゃあ……!?」

「うむ。心菜ちゃんと、それから、美空ちゃんと言ったか? 彼女たちの遊び相手は、このワシに任せるが良い!」



 パパ上?



「いえ、花梨をどうにか止めてもらえないかと」

「くくっ。貴様、ワシに花梨ちゃんを止められると思っておるのか? ふんっ。目が利くようになったとは言え、まだまだ小童こわっぱよのぉ!」

「……ああ、どうしてこんなことに」

「ワシに出来る事なら、貴様の頼みだ、なんでもしてやろう! しかし、ワシとて出来ぬこともあるのだ! ……すまんが、我が娘のために、死んでくれ!!」



 ……パパ上。



「生きて帰れよ、未来の息子。ワシは風呂を沸かしてまっておる!」

 なんかいい話みたいにまとめないで下さい。

 ほんの数行前に死んでくれって言ってんじゃないですか。

 そもそもあんた、女子中学生と遊びたいから仕事早引きして来たんでしょうが。



 俺ほどタンクトップの似合わない男はいないと思う。

 鏡張りの壁に映った自分をみて、げんなり。


「せんぱーい! お待たせしました!!」

 相変わらず、体のラインがえらい勢いで出ているウェアである。

 こんなにスキだらけな恰好をしているのなら、もしかして逃げられるのでは。


「ちょいと、俺ぁお花を摘みに」

「……せんぱーい? お手洗いなら、更衣室の中にありましたよね?」



 知らなかったのか?

 体重を気にする花梨さんからは逃げられない。

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